銕仙会

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曲目解説

天鼓てんこ

七夕の夜。涼しげな風が吹きぬけ、川波は滔々と流れゆく。空には星々がまたたく中、少年・天鼓の霊は音楽に惹かれて無邪気に舞い戯れる。

作者

未詳

場所

前場:中国 皇帝の宮殿

後場:中国 呂水(ろすい)のほとり  (現在の中国江蘇省銅山県か)

季節

初秋 七夕の日(旧暦7月7日)

分類

四番目物 唐物

登場人物

前シテ

天鼓の父 王伯(おうはく)

面:阿古父尉など 着流尉出立(老人の扮装)

後シテ

天鼓の幽霊

面:童子など 慈童出立(中国の少年の霊の扮装)

ワキ

皇帝の勅使

側次大口出立(中国の廷臣の扮装)

アイ

勅使の従者

官人出立(中国の官人の扮装)

概要

中国 後漢の代。不思議な鼓をもつ少年・天鼓は、鼓を召し上げようとする皇帝の命令を拒んだために殺害され、呂水という川に沈められてしまう。ところが、召し上げた鼓は天鼓との別れを悲しむゆえか一向に鳴らない。皇帝は勅使(ワキ)に命じて天鼓の父・王伯(前シテ)を召し出すと、鼓を打つよう命じる。鼓を見ては息子との別れを嘆き、悲しみに生きる身の苦しさを思う王伯であったが、やがて決心し、わが子の形見の鼓を打つ。すると世にも妙なる音色が響き、その様子に心打たれた皇帝は天鼓を弔おうと心に決める。

やがて皇帝一行が呂水のほとりで音楽法要を手向けていると、天鼓の幽霊(後シテ)が現れた。天鼓は鼓を軽やかに打ち鳴らすと、自分に手向けられた音楽の興に乗じ、満天の星空の下で舞い戯れるのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキが登場します。

中国 後漢の代に、天鼓という少年がいた。彼は、母が天から鼓の降る夢を見て懐妊した子。誕生の後、今度は本当に鼓が降り、この鼓は忽ち評判となる。ところが、天鼓はこれを差し出せとの勅命を拒否したために殺害され、呂水という川に沈められてしまう。鼓は宮殿へ運ばれたが、不思議にも、その後は一向に鳴らなくなってしまった――。

さては、鼓も持ち主との別れを悲しんでいるのだろう。そう考えた皇帝は、彼の親族ならば鳴らせるのではと、彼の父・王伯の家に勅使(ワキ)を派遣する。

2 前シテが登場します。

その頃――。亡き天鼓の家では、彼の父・王伯(前シテ)が息子との別れを悲しんでいた。「老少不定の世。輝かしい未来が待っていたはずのあの子は亡く、生き残ったのは甲斐なき老いの身ばかり。諦めようと思い切った心までもが弱りゆき、思いを慰めようと横になれば夢に面影が見え隠れする。忘れようとすることは、こんなにも苦しいものなのか…」。

3 ワキは前シテに勅命を伝え、二人は王宮に向かいます。

そこへやって来た勅使。勅命を聞いた王伯は、一族もろとも処刑するための口実かと疑う。しかし、わが子のために死ぬなら本望と、彼は遂に王宮へ行くことを承諾する。「たとえ罪を得ようとも、帝を一目見ることこそ、あの子の無念を晴らすことなのだ…」。

宮殿に着いた二人。改めて辞退を申し出る王伯だったが、ともかくも鼓を打つよう命じられ、彼は萎縮しつつも鼓台へと向かってゆく。もしも音が鳴ったなら、それこそはわが子の形見と呼ぶべき品。王伯は鼓を見つめ、亡き息子に思いを馳せる。

4 前シテは鼓を見つめつつ嘆きを吐露します(〔クセ〕)。

――愚かなこと。今生限りの親子の恩愛に振り回され、嘆きの思いすら止め得ぬ、苦海に迷うこの身の果て。今生せっかくの人間の身と生まれながら、わが子との別れの涙に衣を濡らすばかりの、罪作りな日々を送る身の上。まさに“子は三界の首枷”よ。徒らに命をながらえ、今日のこの日を迎えてしまった、この老いの身の恨めしいこと…。

5 前シテは鼓を打ち、ついに音が鳴ります。

嘆きつづける王伯。そうする内にも時刻は移る。勅使に促され、夕陽に照らされた宮殿の玉の階を登りつつ、王伯は鼓へと歩を進める。厳粛な王宮のうち、恐ろしさのあまり足元も覚束ない身ながら、決心した彼はついに鼓を打つ。すると、世にも妙なる鼓の音が、いま再び王宮に響き渡る。聴く者の心を浄化させるが如き、この世のものとも思われぬ音色。親子の愛情が起こしたこの奇蹟に、さすがの皇帝も涙せずにはいられないのだった。

6 前シテは帰宅を許され(中入)、アイは法要の開催を告知します。

心動かされた皇帝。彼は王伯の帰宅を許すと、みごと鼓を鳴らしてみせた彼に恩賞を与えようと告げ、また天鼓の追悼を約束する。

従者(アイ)に命じて王伯を家まで送り届けさせた勅使は、さっそく回向の準備をはじめる。音楽の申し子として生を受けた天鼓に相応しく、音楽演奏を伴う“管絃講”の法要によって供養を行うことが決まり、従者はその旨を触れてまわるのだった。

7 ワキが弔っていると、後シテが現れます。

やがて――。呂水の傍らに鼓が据えられ、皇帝臨席のもと、いよいよ盛大な音楽法要が始まった。夕陽に照らされ、心地よい初秋の風の中、彼を悼んで演奏される音楽の数々。

すると、その音色に誘われて、天鼓の幽霊(後シテ)が姿を現した。「勅に背いた罪により、死後もなお苦しんでいたこの身。しかし今、懇ろな弔いを受けて苦しみも消え、こうして現れることができました。これというのも帝のおかげ、御代の恵みの有難いこと…」。

8 後シテは鼓を打ち、〔楽(がく)〕を舞います。

姿を見せた天鼓の霊。勅使は、まことの天鼓ならば鼓を鳴らしてみよと告げる。鼓を打てとの勅命に喜ぶ天鼓。彼が前世に暮らしていた天宮の世界と聞きまがうばかりの、美しい音楽が奏でられる中、天鼓はその調べに合わせ、軽やかに鼓を打ちはじめる。

打ち鳴らされる鼓の音色に、興を添えるのは呂水の波。この美しい調べに心躍らせた天鼓は、音楽に合わせて舞を舞いはじめるのだった。

9 後シテは星空の下で遊び戯れ、やがて消えてゆきます。(終)

折しも今宵は七夕。木々の梢はさやさやと音を立て、空には月が澄み昇る。織姫・彦星、天の川の星々がまたたき、涼しげな風が吹きぬけてゆく初秋の夜。川面が映し出すのは、めぐりゆく星たちの織りなす天空の波紋。そんな呂水のほとりで、天鼓は無邪気に戯れる。

そんな遊興のひとときも、終わりの時刻が近づいていた。暁を告げる鐘が響き、鳥の囀りが聞こえはじめ、明けゆく朝の光の中で――、天鼓の霊は消えていったのだった。

(文:中野顕正)

今後の上演予定

(最終更新:2018年10月)
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