作者 不明
場所 唐土(中国)後漢の宮殿、王伯の家、呂水のほとり
季節 秋
分類 四番目物・唐物
登場人物
前シテ | 王伯 | 阿古父尉または小牛尉・着流尉出立 |
後シテ | 天鼓の霊 | 童子または慈童・慈童出立 |
ワキ | 勅使 | 側次大口出立 |
アイ | 勅使の従者 | 官人出立 |
あらすじ
中国の皇帝が少年天鼓の持つ鼓を召し上げようとしますが、天鼓はこれを拒み、呂水の江に沈められてしまいました。以来、鼓は誰が打っても鳴ることがありません。そこで天鼓の老父王伯が宮中に呼ばれ、鼓を打つように命じられます。王伯が子を失った悲しみを胸に鼓を打つと、鼓が妙音を発します。喜んだ皇帝は呂水で音楽による供養を行います。すると天鼓の霊が現れ、弔いを喜び、鼓を打ちならして舞を舞います。
舞台の流れ
- 囃子方が橋掛リから能舞台に登場し、地謡は切戸口から登場して、それぞれ所定の位置に座ります。後見が鞨鼓台の作リ物を舞台の正面先に運び出します。
- 「名ノリ笛」で唐土後漢の帝に使える臣下(ワキ)が現れ、王伯の家へ勅使としてやって来ます。
王伯の妻は天から鼓が降り下る夢を見、その後に生まれた二人の子供は天鼓と名付けられました。
やがて天から本物の鼓が降り下り、天鼓がその鼓を打つと素晴らしい音色が響きます。
これを聞いた帝が鼓を差し出すように命じたので、天鼓は逃亡しますが、捕らえられて呂水の江に沈められてしまいました。
宮中に取り上げられた鼓は誰が打っても決して鳴ることがありません。
そこで帝は王伯を呼び出して鼓を打たせることにし、そのため勅使を遣わしたのでした。 - 「一声(いっせい)」の囃子で王伯(前シテ)が舞台に登場します。
季節は秋を迎え、王伯は子を失った悲しみにくれています。
小書(特別な演出)「弄鼓之舞 」の際は、前シテの登場の謡を省略します。 - 臣下が帝の命令を伝えると王伯は死罪を覚悟し、宮中に向かうことを承諾しました。
- 宮中に着いた王伯は、鼓を打つことを辞退しようとしますが、もし鼓の音が鳴れば、それは我が子の形見になると思います。
- さらに王伯は、鼓を前に親心ゆえの煩悩の苦しみを嘆きます(クリ・サシ・クセ)。
- 臣下に泣き止んで鼓を打つように促された王伯は、宮殿の豪華な階段や床をよろよろと鼓へ歩みを進めます。
撥をとり上げて不安に思いつつも、鼓を打つと美しい音が響き渡りました。 - 感激した帝は王伯に宝を与え、天鼓の弔いを管絃講(音楽を奏でて死者を供養する法要)でおこなうことにします。
やがて王伯は従者(アイ)に送られ、自宅に戻っていきました(中入リ)。 - 王伯を送り届けた従者が、管絃講をおこなうという帝の命令をあたりに触れます。
- 帝や臣下が呂水の堤を訪れ、管弦講が始まりました。
秋風の吹く夜、呂水の水が滔々と流れていきます。 - 「一声」の囃子で天鼓の亡霊(後シテ)が現れ、弔いによって死後の苦しみから救われたことを感謝します。
- 天鼓の亡霊は愛用の鼓を打ち、舞楽を舞い始めました「
楽 【 】 」。管弦の音色に、呂水の波音と鼓の音が重なり響きます。 - 天鼓は星空の下、呂水の川水に遊び戯れるとさらに鼓を打ち鳴らし、夜明けと共に消えてしまいました。
ここに注目
前半では権力者によって子を殺された親の深い悲しみが描かれます。残された父は、理不尽な死への怒りを帝に向けることもできず、自分の悲しみは煩悩ゆえであると苦悩します。後半は一転して開放感ある雰囲気になります。
「天鼓」は牽牛星(彦星)の別名ですので、この作品には七夕を踏まえた構想が見えます。後半部分の謡の文句には「うじゃく烏鵲の橋・じ二せい星」があり、管弦の技の上達を祈るきっこうでん乞巧奠という七夕の行事と天鼓のための管弦講、天の河と天鼓の沈められた呂水などが対応しています。天鼓が打つ鼓の音が鼓から溢れ出し、波となって夜空いっぱいに広がり続けるような光景が浮かんでくるようです。
「弄鼓之舞」という特別な演出では、後半の天鼓の霊の舞う「楽」に様々な工夫がなされます。囃子に太鼓が加わり、笛の調子が盤渉調(常より高い調子)になり、橋掛リから鼓を見込んだり、撥で鼓を打ったりする所作などが入ることで、遊舞の舞楽であることが強調されます。
(文・中司由起子)