銕仙会

銕仙会

曲目解説

とおる
秋の夜、月光にうかびあがる「河原の院」。荒れ果てたこの邸宅は、過ぎ去ってしまった年月をあらわしていた。月に照らされた貴公子が見せる、二度と戻ることのない過去の栄華。
作者 世阿弥
場所 京都六条 河原の院 (現在の京都市下京区)
季節 仲秋 十五夜の夜
分類 五番目物 貴人物
登場人物
前シテ 汐汲みの老人 面:笑尉など 着流尉出立(老人の扮装)
後シテ 源融みなもとのとおるの霊 面:中将など 初冠狩衣指貫出立(貴公子の扮装)
ワキ 旅の僧 着流僧出立(一般的な僧侶の扮装)
間狂言 所の者 長裃または肩衣半袴出立(庶民の扮装)

概要

東国出身の僧(ワキ)が京都六条の「河原の院」に着くと、汐汲みの老人(前シテ)が現れる。老人は僧に、この地は昔の源融みなもとのとおるの邸宅の跡であると教え、二人は河原の院の情趣をともに楽しんでいたが、老人は源融の物語を語ると、昔を慕って泣き崩れてしまう。やがて、僧に請われて近隣の名所を教えていた老人は、汐を汲もうと言うと、そのまま汐曇りの中に姿を消してしまうのだった。この老人こそ、源融の霊であった。その夜、僧の夢の中に源融の霊(後シテ)が在りし日の姿で現れると、月光のもとで、懐旧の舞を舞うのであった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキが登場し、自己紹介をします。

京都六条「河原の院」。かつては平安時代の左大臣・源融みなもとのとおるの大邸宅であったこの地も、融大臣亡きあとはすっかりさびれ、今では荒涼とした廃墟と化していた。不気味なほどにひっそりとした、荒れ果てたこの屋敷が、融大臣の昔の遊宴の日々の記憶を、今に伝えているのだった…。

その河原の院を訪れた、一人の僧(ワキ)。東国から遥々の旅路を越えてやって来た彼は、この地で暫く荷を下ろし、休息をとることにした。

2 前シテが登場します。

ちょうど今宵は秋の半ば。早くも昇ってきた十五夜の月が、この地を寂しげに照らし出している。

そんな中、汐汲みの桶を担いだ、一人の老人(前シテ)が現れた。齢を重ね、総白髪となってしまったこの老人は、このさびれた屋敷のありさまを見ては、過ぎていった年月に思いを馳せ、懐旧の念に浸るのであった。

3 ワキは前シテと言葉を交わします。

僧が老人に声を掛けると、老人はこの所の汐汲みだという。不思議に思う僧に、老人は、この屋敷はいにしえ融大臣が陸奥国の塩竃しおがまの浦の風情を写したものだと教え、それゆえ“汐汲み”と言うのだと明かす。

気がつけば、月は早くも昇りはじめていた。池の小島には鳥がさえずり、屋敷は月光で照らされている…。二人は、いにしえの漢詩の風情を思い出して興に入る。

4 前シテは、融大臣の昔の故事を物語ります(〔語リ〕)。

老人は、塩竃の浦の風情をこの屋敷に写したいきさつを語る。

――昔、塩竃の眺望をお聞きになった融大臣は、この地にその風情を写し、毎日海水を運ばせてここで塩を焼かせては、賞翫しておられた。しかし大臣亡きあとは、屋敷はすっかり荒れ果ててしまい、秋風だけが、昔を偲んで寂しい音を立てているのであった…。

老人は、この荒廃した屋敷に自分の老いを重ね、昔を慕って泣き崩れるのだった。

5 前シテはワキに近隣の名所を教えたのち、汐を汲みつつ姿を消します(中入)。

老人は、僧に請われるまま、付近の名所を教える。「まずあそこが音羽山、逢坂山はその奥で、その隣が歌の中山、清閑寺、さらにその次が今熊野…」

夕暮れの薄暗がりが、これら名所の数々に、幽遠な情趣を添えている。

そうするうち、いつしか夜になり、月は空に澄みわたる。「さあ、汐を汲もう」といって老人は汐を汲むと、そのまま汐曇りのなかに紛れて、消え失せてしまったのだった。

6 間狂言がワキに物語りをし、退場します。

そこへ、この土地の男(間狂言)が現れ、僧に問われるままに融大臣の故事を語る。僧は、先刻の老人こそ融大臣の霊であったと気づくのだった。

7 ワキが待っていると後シテが登場し、〔早舞はやまい〕を舞います。

夜も更け、月の光は冴えまさる。僧は、深い眠りに落ちてゆく…。

その夢の中に、融大臣の幽霊(後シテ)が、在りし日の姿で現れた。昔を思い出し、月を眺めに現れた融大臣は、生前、明月の照らす池に舟を浮かべて催した、夜の遊宴を懐かしみ、月光のもと、舞を舞い始める。

融大臣の、優雅な舞い姿。それはまるで、光の花びらが散ってゆくよう…。

8 後シテは月の世界へと帰ってゆき、この能が終わります。

月は、さまざまな姿を見せる。夕焼けの空に薄らぐ月、春の霞こめる遠山の月、あるときは眉を三日月に譬え、または月を小舟にも譬え、水中の魚は釣り針かと見まがい、雲上の鳥は弓の形かと驚く。…そんな月の情趣もひとしおの、秋の夜長。しかしそれも、間もなく明けようとしていた。鳥も鳴き、鐘も聞こえ、月は早くも西へ傾く。その光に誘われて、融大臣は、月の都へと帰っていったのだった。

小書解説

人気曲である〈融〉には、多くの〔小書こがき〕(特殊演出)が存在します。特に「舞返」「十三段之舞」「酌之舞」など後半の舞にかんする小書が多く、月光のもとで貴公子が優雅に舞う風情を演出するために、先人たちが工夫を重ねてきたことが偲ばれます。

・舞返(まいがえし)

通常の演出では、上記「7」の場面で舞われる舞は〔早舞はやまい〕であり、三段(導入部と主部三楽節の計四楽節)または五段(計六楽節)舞われるのですが、この小書がつくと、早舞の途中で橋掛かりに行き、囃子を聞きすますようにたたずむ「クツロギ」という演技が入り、また、その「クツロギ」を含めた五段の〔早舞〕(「早舞クツロギ五段」といいます)を舞った後に〔 急之舞きゅうのまい〕を舞う、という流れとなります。融大臣が優雅に舞い遊ぶ情趣を強調する演出となっています。

なお、この小書がつくと、月光のもとで舞い遊ぶ融大臣の優雅さを表現するために、通常の演出とは異なる装束となることがあります。
最近では、2012年10月の銕仙会定期公演で上演されました。

・白式舞働之伝(はくしきまいばたらきのでん)

この小書がつくと、上記「7」の場面で舞われる舞が〔早舞〕ではなく〔舞働まいばたらき〕となり、また後シテの装束も、黒頭くろがしらに白装束という姿となります。
融大臣は、生前には風雅な生活を送っていた一方で、政治的には必ずしも順調であったとはいえず、世間・現状への恨みを抱くこともあった人物です(下記「みどころ」参照)が、この小書では、そうした、いわば鬼にも通じるような融大臣の性格が、優雅な中にも見え隠れする演出となっています。

みどころ

本作の主人公である左大臣・源融みなもとのとおる(822~895)は、嵯峨天皇の皇子として生まれ、のち源氏姓を賜って皇族の身分を離れ臣下となった人物です。元慶8(884)年、ときの天皇で融の兄の曾孫にあたる陽成天皇が17歳で退位すると、自らの血統の正しさから、融もまた次の皇位を望みましたが、臣下の身分であることを理由に、関白・藤原基経に阻まれてしまいました。しかし、次の光孝天皇が亡くなると、やはり臣下の身分となっていた天皇の子・源定省みなもとのさだみ(宇多天皇)が、基経の意向によって皇位につけられたのでした。このときの融の悔しさは、察するに余りあります。

そういった背景から、後世、融はこういった恨みを抱いた怨霊として理解されるようになりました。彼の死後、融の旧宅・河原の院を訪れた宇多天皇の前に融の幽霊が現れた、という説話が伝わっていますが、そのように、融の旧宅である本作の舞台・河原の院は、融の無念さ、現世への恨みが渦巻く場所として、認識されるようになっていったのでした。(なお、能〈夕顔〉にも言及されている、『源氏物語』に登場する「なにがしの院」も、この河原の院がモデルだとされています。)

そういった、生前の融の政治的不遇への同情と、その中での遊興の日々への追憶から、融の河原の院は、本作にも描かれているように、見る者に哀愁を感じさせる場所ともされるようになりました。

本作の上記「4」にも語られているように、融の栄華を象徴する屋敷であった河原の院の邸宅は、彼の死後、維持が困難となって荒廃してしまい、在りし日の面影は無くなってしまいます。その荒廃した河原の院を見て、融存命中の遊興の日々に思いを馳せた紀貫之きのつらゆきは、次のような和歌をのこしています。(上記「4」の場面にも引用されています。)

君まさで 煙たえにし 塩竃の うら寂しくも 見えわたるかな (『古今和歌集』)

あなた(融)がいなくなってから、塩竃の浦の眺望をうつしたこの邸宅も、塩焼きの煙は絶えてしまいました。それが、なんとも物さびしく見えるのです…。

融の故事は、前述のような恐ろしい怨霊譚としての側面を持ちつつも、一方ではこのような、二度と戻ることのできない過去の日々への追憶の物語として、理解されていたのでした。

本作が世阿弥によって書かれる以前から、この融の物語は、能の作品として演じられていたようです。たとえば世阿弥の父・観阿弥が「融の大臣の能」を演じたという記録が伝えられていますが、この観阿弥の演じた能は、地獄に堕ちた融大臣の前に地獄の鬼が現れ、融大臣の霊を責め立てるという内容であったようです。融の物語の中でも、現世への恨み、怨念といったものに注目し、妄執ゆえに地獄に堕ちて苦しむ融の姿を描いた能であったことが推測されます。

そういった、融の物語を描いた能の歴史がある中で、世阿弥作である本作では、融の霊を、恐ろしい鬼や痩せこけた地獄の罪人の姿ではなく、華やかなりし頃の姿として描いていることが注目されます。観阿弥時代の能に見られたような融の執念は影をひそめ、その執念は内に秘めながらも、月光のもと優雅に舞を舞う華やかな貴公子の姿が前面に押し出されており、融の物語の中でも過去への追憶のほうに主眼がおかれています。今や廃墟となってしまった河原の院に現れ、二度と戻ることのない昔を偲んで舞を舞う…。哀愁を誘う荒廃した邸宅と、美しく雅びな舞い姿の中に、この能の情趣はあるといえましょう。

(文:中野顕正)

近年の上演記録(写真)

(最終更新:2016年7月)

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