銕仙会

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曲目解説

知章 (ともあきら)
 
作者 不明
素材 『平家物語』巻九「知章最期」
場所 摂津国、須磨(現在の兵庫県須磨区)
季節 春
分類 二番目物・修羅物・大小物
 
登場人物

前シテ 須磨の里の男 掛素袍大口出立・直面
後シテ 平知章 修羅物出立・敦盛または童子
ワキ 旅の僧 着流僧出立)
ワキツレ 旅の僧に従う僧 着流僧出立
アイ 須磨の浦に住む男 肩衣半袴出立

 
あらすじ
 筑紫の旅僧が須磨の浦で平知章の墓に行きあたり供養をしていると、男が忽然と現われます。男は知章の父知盛と井の上黒という名の愛馬の話をし、姿を消しました。知章の話を里人から聞いた僧が供養を行うと、甲冑姿の知章の幽霊が出現します。霊は、子を失った知盛の悲しみや自らの最期の様子を語り、さらなる供養を頼み消え失せました。
 
舞台の流れ

  1. 囃子方が橋掛リから能舞台に登場し、地謡は切戸口から登場して、それぞれ所定の位置に座ります。
  2. 「次第」の囃子で、旅の僧(ワキ)と彼のお供をする僧たち(ワキツレ)が登場します。
    春、西国の僧が都を目指して、船で海に漕ぎ出し、摂津の国「浦なる関」、須磨の関にたどり着きました。
    僧たちは磯辺に上がると、「亡き平知章」と書かれた、新しい卒都婆を見つけます。
  3. 僧たちの前に、須磨の里の男(前シテ)が忽然と現れます。
    男は、知章は平清盛の三男、新中納言知盛の息子で、二月七日、まさに今日、一ノ谷の合戦で討ち死にしたのですと言い、僧に弔いを願います。
  4. 男は、知章の父である知盛とその愛馬のことを語ります。
    合戦から引き退くときに知盛は井上黒という名馬に乗って、海を泳ぎ渡り、無事に沖の船にたどり着いたのですが、船中に馬を乗せる場所も乗せる手助けを人もいません。
    馬はまた元の汀に戻ると主人である知盛を慕って、沖の方に向かっていななき、前足で地を蹴り、別れを悲しみました。
    この馬は西へ落ちていく船の纜〔ともづな〕に繋がれても、主人と一緒に行きたいと思ったことでしょう。
  5. やがて須磨の浦に日が暮れてきました。
    僧は漁師の小屋に泊まり、通りがかりの縁であるが知章の弔いをしようと言います。男は、自分は平家一門の一人であると打ち明けて供養を頼むと、名前も告げず、波打ち際に消え失せてしまいました(中入リ)。
  6. 須磨の浦に住む男(アイ)が僧に知章の討ち死にの様子などを語ります。
  7. 千鳥の声も聞こえず、野山から吹きくる風が冷たい須磨の浦。
    僧は知章のために経を唱えます。
  8. 一声いっせい」の囃子に乗って、甲冑姿の知章の亡霊(後シテ)が現われます。
    知章の霊は、修羅道(生前、戦いに身を置いた者が堕ちる世界)で苦しみを受けていると言います。
    波がそば近くまで打ち寄せる須磨の浦。
    後ろの山に風が吹き、上野には嵐が吹いています。
    そのような風や嵐に吹かれて、草木、土といった、すべてのものが成仏して、極楽浄土の岸辺に浮かぶことができるのはありがたいことです。
  9. 優雅な若武者の姿が波間に浮かんで見えます。模様の浮き上がった直垂に、裾を美しく彩った鎧を身に着け、花やかな平家の公達、知章。
    知章は父との別れを懐かしみ、西海に沈んだ父の弔いも頼みました。
  10. 知章は戦いの様子を語ります(シテは舞台の中央に座って語ります)。
    波打ち際の戦いで味方は敵に討たれ、ついに父の新中納言知盛と知章、そして家来の監物太郎けんもつたろうの三騎になってしまいました。
    三騎は天皇の乗った沖の船を目指しますが、また敵が打ち寄せて来て、知章と監物太郎はここで討死してしまいます。
    その間に知盛は沖の船にたどり着き、命が助かったのでした。
    船に着いた知盛は二人を見捨ててしまったと恥じて涙を流し、船の人々も皆、鎧の袖を濡らし、十六歳で命を失い、埋もれ木となった武蔵守、知章の運命と海に漂う平家一門の悲運を嘆きます。
  11. 知章の霊は自らの最期の有様を語ります(謡に合わせてシテの所作が続きます)。
    知盛・知章・監物太郎に敵が寄せてきました。
    敵の旗印を見て、監物太郎が「児玉党だな、大げさな」と言って矢を放つと、敵の旗を持った男の首に矢が深く刺さり、男は馬からどうと落ちました。
    そこへ一党の主人らしい敵が知盛を目がけ、駆け寄せて来ます。
    知章は父親を討たせるわけにはいかないと駆け寄り、立ちふさがって敵とむずと組み合うと、馬からどうと落ち、敵を押さえて首を掻き切ります。
    しかし起き上がろうとした知章は、敵の家来に首を取られてしまいました。
    最期を語り終えた知章の霊はさらなる弔いを願い、消え去りました。
  12. シテが橋掛リから揚げ幕へ退場し、ワキやワキツレがその後に続きます。
    最後に囃子方が幕へ入り、地謡は切戸から退いて能が終わります。

 
ここに注目
 金春家伝来の能本の包み紙に記された曲目の覚書『能本三十五番目録』に追記の形で「トモアキラ」と曲名が掲載されています。さらに久次なる人物から金春禅竹に相伝された、応永三十四年(1427)の年記の能本が存在します。作者は不明ですが、世阿弥、禅竹周辺で成立した作品だと思われます。
 父知盛をかばって敵に討たれた若武者知章、我が子を救えなかった知盛、二人の思いが伝わる修羅能です。父子と主人と馬、それぞれの別離の悲哀が浮かび上がります。
 
 
(文・中司由起子)

近年の上演記録(写真)

(最終更新:2017年5月)

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