唐船(とうせん)
◆登場人物
| シテ | 祖慶官人(そけいかんじん) |
|---|---|
| 子方 | 唐土で生まれた祖慶官人の子 【2人】 |
| 子方 | 日本で生まれた祖慶官人の子 【2人】 |
| ワキ | 箱崎殿 |
| アイ | 箱崎殿の下人 |
| アイ | 船頭 |
| ※唐土の子【2人】は、ツレがつとめる演出もあります。 | |
◆場所
筑前国 箱崎の里 〈現在の福岡県福岡市東区〉
概要
唐土の船の所有者・祖慶官人(シテ)は、十三年前に起こった日本の船との争いから、筑前国の領主・箱崎殿(ワキ)のもとに抑留されていた。その後、日本で生まれた二人の息子(子方)。官人は、この子たちとともに、箱崎殿の牛を世話する労役に従事していた。
そんなある日。唐土に遺してきた官人の息子たち(子方)が、数々の財宝と引き換えに、父を迎えにやって来た。箱崎殿の承諾を得、さっそく帰国の船に乗ろうとする一同。しかし箱崎殿は、「この里で生まれた者には領主に仕える義務がある」と言い、日本で生まれた子たちの同乗を禁止した。父を連れ帰ろうとする唐土の子たちと、父と別れたくない日本の子たちとの間で、板挟みとなった官人。官人は思いの余り、ついには身を投げようとする。そんな親子の苦悩に心打たれ、日本の子たちの乗船を許可した箱崎殿。こうして船は無事に出航し、唐土へと進みゆく船の上で、官人は喜びの舞を舞うのだった。
ストーリーと舞台の流れ
1 ワキ・アイ(下人)が登場します。
九州 箱崎の地。日本海に面したこの浦里は、日本と大陸とをつなぐ、わが国の玄関口であった。往来の船で賑わう海の道。しかし、そうした活発な交流は、時として摩擦をも引き起こす。十三年前に起こった、唐船と日本船との争いは、互いの船が相手国に抑留されるという結果をもたらした。この箱崎の里に抑留された、唐船の主・祖慶官人は、以来、この地を治める箱崎殿(ワキ)のもとで召し使われ、牛の世話に従事していた。
2 子方(唐子)・アイ(船頭)が登場します。
そんなある日。大陸から、一隻の船がやって来た。乗っていたのは、祖慶官人が故郷の唐土に遺してきた、二人の息子たち(子方)。「父が日本に囚われて、早くも十三年。未だ存命であるならば、いま一目会いたいもの。思い立ったが吉日と、さっそく船を用意した私達は、明州の港を出発したのだ——」 遥かの波路を進んでゆく船。こうして二人は、父が抑留されているという、箱崎の里に着いたのだった。
3 子方(唐子)は、ワキと対面します。
船頭(アイ)の仲介により、箱崎殿と面会した二人。二人は、数々の財宝と引き換えに、父を連れ帰りたいと願い出た。承諾した箱崎殿は、父に会わせようと約束すると、二人を乗ってきた船に帰し、官人の帰りを待たせることとした。
官人を召し使っていたと知られては、箱崎殿の体面が悪い。彼は、官人が帰ってきたら裏口から入るよう、下人(アイ)に伝えさせる。
4 シテ・子方(日本子)が登場します。
その頃——。祖慶官人(シテ)は、日本に来てから儲けた二人の息子(子方)を連れ、箱崎殿の牛を世話していた。「故郷の唐土は、今では話に聞くばかり。故郷に遺してきた子たちが気に掛かるが、ここ日本で生まれた子たちも、同じく愛しいわが子。もしこの子たちが居なかったなら、こんな苦しいばかりの日々、私は今頃朽ち果てていたはず。牛ですら、子を愛おしんで鳴くほど。ましてや人の身として、子を愛するのは当然なのだ…」。
5 シテは、子方(日本子)へ唐土のことを語りつつ、帰って来ます。
子供たちへ、故郷・唐土のことを語る官人。「『華山に馬を放し、桃林に牛を繋ぐ』と、上古より謳われてきた唐土の地。その素晴らしさといったら、この日本とは比べものにならぬほど。…しかし、今ではそれも恋しくは思わない。お前たちが生まれてからは、帰国の願いなど無くなったよ——」 そう語り慰みつつ、三人は箱崎殿の館へと帰ってきた。
6 ワキは、唐土の子が来た旨をシテに伝えます。
帰ってきた官人へ、唐土の子供たち二人が訪ねて来たと告げる箱崎殿。見れば、子供たちが乗って来たという船は、確かに官人が昔所有していた船であった。今の零落を恥じた官人は、衣服を改めて身なりを取り繕うと、二人が待つ船へと向かう。
7 シテは、子方(唐子)と再会します。
二人と対面した官人。それは、確かに故郷に遺してきた子供たちであった。これは夢かと喜び、感涙にむせぶ一同。思えば、たとえ千両の黄金とて、親子の絆に勝るものはないのだ…。異国にもこれほどの孝行息子が居たとはと、この様子を見る人々もまた、感涙に袖を濡らすのだった。
8 シテは、子方(唐子)と子方(日本子)との間で板挟みとなります。
出発しようとする一同。そのとき、日本で生まれた子供たちは、「自分も一緒に」と父の袖にすがり付く。それを制止した箱崎殿。この里で生まれた者には、今後も領主に仕える義務がある。そう言い放つと、彼は二人の乗船を禁止した。
帰国を急ぎ、父を引いてゆこうとする唐土の子たち。そうはさせまいと、日本の子たちは父の腕にしがみ付く。官人は、すっかり板挟みとなってしまうのだった。
9 シテは悲嘆に暮れ、自殺を図ります(〔クセ〕)。
「禽獣の類ですら、子のためには命をも賭すという。ましてや人間と生まれ、明日をも知れぬ老いの身となった今、子ゆえに捨てる命、どうして惜しいことがあろうか。船にも乗るまい、しかしこの国にも留まるまい…!」 そう口にした官人は、身を投げようと、高い巌に攀じ登る。その様子に驚き嘆き、父の袖に縋り付く四人の子供。そんな息子たちの姿に、官人は気力も弱り果て、ただただ泣き伏してしまうのだった。
10 日本の子の乗船が許され、シテは喜びの舞を舞います(〔楽(がく)〕)。
その様子に心動かされた箱崎殿。円滑な出船のためにもと、彼は、日本で生まれた子供たちの乗船を許可する。「神に誓って」との箱崎殿の言葉に、感謝する官人。官人は、この子たちを与えて下さったのも神々の恵みかと、感涙にむせぶのだった。
すぐさま出航した一同。船は、次第に陸から離れてゆく。高々と掲げられた帆。海風を受けて進む帆の下で、鼓のごとき波の響きに興じつつ、官人は喜びの舞を舞いはじめた。
11 船は唐土へと去ってゆきます。(終)
沖ゆく船から聞こえてくる、軽快な音楽の調べ。箱崎殿の見送る手振りも、船中で官人が翻す袖も、さながら風となって船を推し進めるよう。日本海は順風満帆、船は次第に遠ざかる。喜び勇む船乗りたちの声。こうして、船は唐土へ帰ってゆくのだった——。












