東岸居士橋立
作者 不明
素材 『一遍上人絵詞伝』など
場所 都、清水寺に至る途中の橋、三条白川の橋のあたり
季節 春
分類 四番目物・芸尽物・大小物
登場人物
シテ | 東岸居士 | 喝食・水衣大口喝食出立 |
ワキ | 東の国から旅をする男 | 素袍上下出立 |
アイ | 都の男 | 肩衣半袴出立 |
あらすじ
東の国の男が都の清水寺へ向かう途中、都の男から東岸居士の話を聞きます。男の前に現れた東岸居士は橋の勧進を勧め、曲舞や鞨鼓舞を舞って仏法帰依を勧めます。
舞台の流れ
- 囃子方が橋掛リから能舞台に登場し、地謡は切戸口から登場して、それぞれ所定の位置に座ります。
- 東の国の男(ワキ)が「名ノリ笛」で舞台に登場し、都の清水寺へ向かいます。
- 男は清水寺の門前の男(アイ)を呼び出し、このあたりで面白いものはないかと尋ねます。
都の男は、東岸居士の説教とその後の曲舞が面白いと教えます。 - 「一声[いっせい]」の囃子に合わせて、東岸居士(シテ)が現われます。
居士は、春の景色とはかない無常の世を謡い上げ、三条白川の橋の建立の勧進(寺社や橋などの建設のために人々に寄付を募ること)に心を尽していると言います。
(小書(特殊演出)「橋立」では、シテの「一セイ」の謡の後に、常は省略されている、無常を謡った「サシ・上ゲ歌」が入ります。) - 旅の男が居士に橋の由来や居士の出自を尋ねると、居士は、目の前の風景はそのまま悟りの姿を表していると言い、昔、自然居士の説法勧進の功徳の力で橋が渡されたことや、自分は三界に家もなく、郷里もなければ、捨てるべき情愛もないので出家と言われる所以もないと説いて、勧進を勧めます。
- 居士は、舞は狂言綺語[きょうげんきぎょ](文学や歌舞のわざが仏法を称え、仏に帰依する手段になるという考え)となるから、舞を舞って人々を楽しませようと舞を舞います(中ノ舞)。
- さらに居士は、「妄念・煩悩・無明」が真如(悟り)の妨げになっていることを語り舞います(クリ・サシ・クセ)。
- 男の求めに応じ、居士は鞨鼓を撥で打ちながら鞨鼓の舞を見せます(鞨鼓)。
- 居士は舞い謡いながら、白川の橋を隔てた東岸と西岸を見やります。
川のさざ波やささら、鼓の音が極楽の歌舞の菩薩の音楽のように辺りに響いています。
そして、この世のあらゆるものの真実の姿は一つであるのですと、悟りの道へ至ることをうながして、居士は舞い終えるのでした。 - シテが橋掛リから揚げ幕へ退場し、ワキがその後に続きます。最後に囃子方が幕へ入り、地謡は切戸から退いて能が終わります。
ここに注目
清水寺に向かう橋の賑わいを背景に、狂言綺語としての東岸居士の芸能が華やかに繰り広げられる作品です。
〈東岸居士〉の曲名は、世阿弥から金春禅竹に相伝された能本の曲名を記した『能本三十五番目録』にあがっています。作品中の曲舞の「サシ・クセ」は『一遍上人絵詞伝』に拠っており、独立の曲舞をもとに一曲が作られた可能性も考えられています。さらにそれは、シテ東岸居士、ツレ西岸居士が登場する能であって、のちにシテ一人だけが登場する形に改訂されたという説もあります。
(文・中司由起子)
近年の上演記録(写真)
(最終更新:2017年5月)