銕仙会

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曲目解説

経正(つねまさ)

◆別名

 経政(つねまさ)  ※他流での表記。

 

◆登場人物

シテ 平経正の幽霊
ワキ 行慶(ぎょうけい)僧都

◆場所

 京都 仁和寺  〈現在の京都市右京区御室〉

概要

平安末期。京都 仁和寺では、このたびの源平合戦で戦死した平経正を悼み、行慶僧都(ワキ)の差配のもと、法要が営まれていた。仏前には彼が愛用していた琵琶の名器“青山(せいざん)”が供えられ、僧たちは音楽を手向けつつ、一心に彼の冥福を祈る。
やがて灯火の傍らに現れた、経正の霊(シテ)。しかし行慶がそちらを見やると、霊の影は薄らいでゆく。声ばかりとなった霊との対話。経正は、かつて居場所を与えてくれ、中でも“青山”を貸し与えてくれた仁和寺に感謝する。もとより音楽を愛する彼は、自らもまた“青山”を手に、手向けの音楽に和して奏で始めた。しかしそのとき、修羅道の責め苦に苛まれ、再び現れた霊の影。苦しむ今の姿を見られまいと、経正は灯火の光の中へ飛び込んでゆく。そうして灯火は吹き消され、彼は暗がりの中に消えてゆくのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキが登場します。

平安末期。京都 仁和寺の守覚法親王は、去る源平合戦で戦死した平経正を深く悼み、追善の法要を催そうとしていた。経正は幼少期、先代の覚性法親王の寵愛を受け、琵琶の名器“青山(せいざん)”を貸し与えられるなど、仁和寺とは浅からぬ縁のあった人物。都落ちに際して“青山”を返しに来た、その時の面影が、今なお忘れられないのだった。
仏前には“青山”が安置され、法親王の弟子・行慶(ワキ)らが、追悼の法要を始める。

2 シテが出現します。

琵琶を深く愛していた経正のため、音楽を手向けて供養する一同。上は貴人から、下は庶民に至るまで、誰もが生前の経正の遺風を偲び、静かにその冥福を祈る。
やがて夜も更け、あたりを暗闇が覆う頃。灯火の傍らに、人影がうっすらと浮かび上がった。「枯木を吹きぬける風は、晴れながらにして雨の音。平らな砂地を照らす月光は、さながら夏の夜に降りた霜。そんな詩情を催す今宵、こうして現れ出てしまった、わが妄執の恥ずかしさよ…」 それは、かの平経正の幽霊(シテ)であった。

3 シテは、ワキと言葉を交わします。

経正の幽霊よと告げられ、声の方を見やる行慶。しかしそのとき、経正の姿は再び朧ろけになってゆく。声だけが幽かに聞こえ続ける、幻のごとき経正の霊魂。
「時は流れ、人は変わりゆく。しかしそれでも、この仁和寺こそ、私が育った思い出の場所に他ならぬのだ——」 経正はそう告げ、夢幻の中に現れたと明かすのだった。

4 シテは、琵琶“青山”への思いを述べます。

経正が幼少期より宮廷社会で華々しく活躍できたのも、全ては幼い彼を引き立ててくれた覚性法親王のおかげ。中でも、琵琶の名器“青山”の使用を許され、常にこれを愛し奏でていた、存生の折の記憶。今もまた、その思い出に導かれ、こうして現れたのだった。
思えば経正は、社会にあっては礼儀道徳を弁え、心の内には四季折々の風情を大切にしていた人物。そんな、心の花の咲き匂う、風雅に満ちた人生だったのだ。

5 シテは、琵琶を奏でつつ舞い遊びます(〔クセ〕)。

管絃を愛した経正のため、重ねて音楽を手向けようとする一同。経正もまた、人には見えぬ姿ながら、灯火の傍らに佇みつつ、供えられた琵琶“青山”を奏ではじめる。
折しも耳に届いた夜の雨。しかしそれは、吹き下ろす松の葉風の音であった。『寂しげに響く第一第二の絃は、松吹く秋の風のよう。流れゆくごとき第三第四の絃の音は、あたかも子を思う夜の鶴の声』とは古人の言葉。奏でられる音楽は仙境にまで達し、その音色に誘われて、鳳凰も来臨するかに思われる。そんな、心うち解ける遊興のひととき——。

6 シテは、修羅道の責め苦を受けつつ姿を消します。(終)

名残りを惜しむ経正。しかしそのとき、彼は苦しみの声を上げた。せっかくの遊興のさなかにも、修羅道の苦患が、わが身を苛みはじめたのだ。それとともに、再び姿の現れた経正。彼は、責め苦を受ける今の姿が見られることを恥じ、灯火を消そうとする。
(いか)りの心は炎と変じて身に降りかかり、剣を振るえば却って自らを傷つける。そんな苦しむ姿を見られまいと、灯火の光の中へ飛び込む経正。そうして、彼は火を吹き消すと、あとに残った暗闇の中へ、姿を消してしまうのだった。

(文:中野顕正  最終更新:2023年08月06日)

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