鵜飼 (うかい)
作者 | 榎並左衛門五郎原作、世阿弥改作 |
素材 | 殺生禁断の罪により、殺された話など |
場所 | 甲斐国[かいのくに:現在の山梨県]石和[いさわ] |
季節 | 夏 |
種類 | 五番目物、鬼物 |
登場人物
前シテ | 鵜使いの老人 | 尉面・着流尉出立[きながしじょういでたち]に腰蓑 |
後シテ | 地獄の鬼 | 小べし見面・小べし見出立[こべしみいでたち] |
ワキ | 旅の僧 | 着流僧出立[きながしそういでたち] |
ワキツレ | 従僧 | 着流僧出立[きながしそういでたち] |
アイ | 里の男 | 肩衣半袴出立[かたぎぬはんばかまいでたち] |
あらすじ
旅の僧が石和の里で出会った鵜使い[うつかい]の老人は、殺生禁断の罪で殺された挙げ句、地獄に堕ちた男でした。僧が男を弔っているところへ、地獄の鬼が現れ、老人の成仏を告げます。
舞台の流れ
- 囃子方(笛・小鼓・大鼓・太鼓)が幕から、地謡が切戸口から出てきて、所定の位置に着きます。
- 名ノリ笛の囃子でワキとワキツレが登場します。旅の僧二人が安房[あわ:現在の千葉県]の清澄[きよすみ]という寺から、甲斐の国の石和を目指しています。山道を通り、石和に着いたところで、ワキツレだけがワキ座に着きます。
- ワキがアイの里の男を呼び出します。ワキは常座[じょうざ]、アイは狂言座[きょうげんざ]で問答します。里の男に宿を貸して欲しいと頼みますが、このあたりでは旅人に宿を貸すことを禁じられているからと、断られてしまいます。仕方がないので、僧は男が教えてくれた御堂に泊まることにします。しかし、そこには毎晩、光を放つ怪しい物体が出るそうです。ワキは法力があるので大丈夫だと男に言い、ワキ座に着きます。アイは退場せず、しばらく狂言座で控えています。
- 一声[いっせい]の囃子で、前シテが幕から登場します。老人の姿で、手にはたいまつを持っています。舞台に入り、自分の職業である鵜使いが、殺生であることのつらさを嘆きます。
- 前シテがワキを見つけて話しかけます。シテは着座し、ある鵜使いの男の話を語り始めます。その男は、石和川[いさわがわ]の殺生が禁じられている場所で、月が隠れる時間帯にこっそり鵜飼を行っていました。ある晩、それを見つけられて捕まり、罰として川の底に沈められ、死んだそうです。
- シテは、その鵜使いが実は自分であることを明かします。ワキに頼まれ、シテは鵜を使って魚を獲るさまを見せます。たいまつを手に取って立ち上がり、左手の扇を鵜籠[うかご]に見立てて舞います。
- 老人は涙ながらに闇へと消えていきます。前シテはここで幕へと中入[なかいり]します。
- 控えていたアイが常座まで出てきて、ワキに話しかけます。アイは殺された鵜使いのことを語った後、ワキが出会った老人の話を聞き、それが鵜使いの霊であろうと言い、ワキに弔いを勧めます。
- 僧は、川辺で拾った石に法華経の経文を書き始めます。一つの石に一字ずつ書きつけては川に沈め、鵜使いを供養します。ここではワキとワキツレはワキ座から動かずに、待謡[まちうたい]を謡います。
- 早笛[はやふえ]で、幕から後シテの地獄の鬼が登場します。僧が行った供養のおかげで、鵜使いが成仏したことを告げます。シテはまず一ノ松で止まり、謡った後、舞台に入ります。
- 後シテは、地獄に堕ちた悪人を救済するほどご利益のある、法華経のありがたさを讃えます。舞台を回り、足拍子や、座って床を扇で打つなど、地獄の鬼らしい動きを見せます。
- 鬼は僧に供養することを勧めます。シテは立ち上がり、舞台を回ったあと、常座で留拍子[とめびょうし]を踏み、能が締めくくられます。
- シテが幕へ退場し、続いてワキとワキツレが退場します。そのあと囃子方が笛・小鼓・大鼓・太鼓の順に幕へと退場し、地謡が切戸口に入ります。
ここに注目
この曲は、前シテと後シテがまったく別の人体である点が特徴的です。前シテは殺されて地獄に堕ちた鵜使いの老人の霊です。いっぽう、後シテは地獄の鬼です。現在は前・後を一人の役者が演じますが、古くはこの二役を別の役者が演じたかもしれないという説は、かなり有力だと思われます。
〈鵜飼〉の後シテの鬼については、世阿弥の芸談『申楽談儀[さるがくだんぎ]』に面白い記事があります。観阿弥が演じた「融の大臣[とおるのおとど]」の鬼を、〈鵜飼〉の後の鬼に写したと記されています。「融の大臣」は、現行の〈融〉とは異なる能のようで、『申楽談儀』によると、「鬼になりて、大臣を責むる」能とあります。鬼が大臣を責める能という記述から、強くて激しい鬼であったのではと推察できます。今は失われてしまった「融の大臣」の能に出てくる鬼の面影が、〈鵜飼〉の地獄の鬼の中に残っているのかもしれません。
また、この曲のワキ僧は、安房の清澄から石和を目指して出発します。清澄とは、今の千葉県鴨川市にある清澄寺[せいちょうじ]のことです。この清澄寺は有名な日蓮[にちれん]が出家した寺です。〈鵜飼〉の作品中で僧が名前を明かすことはありませんが、このワキ僧は日蓮になぞらえて作られています。
(文・江口文恵)