作者 横越元久作詞、世阿弥作曲
素材 『源氏物語』宇治十帖
場所 京都、宇治の里
季節 なし
種類 四番目物
登場人物
前シテ | 里の女 | 増など・水衣女出立 |
後シテ | 浮舟の霊 | 十寸髪面など・唐織脱下女出立 |
ワキ | 旅の僧 | 着流僧出立 |
アイ | 所の男 | 長上下出立 |
あらすじ
都へ向かう途中の旅の僧が、宇治の里で小舟に乗った由ありげな女性に出会います。その女性に小野で待っていると告げられ、小野の里へ向かうと、僧の前に『源氏物語』の浮舟の亡霊が現れます。
舞台の流れ
- 幕から囃子方が、切戸口から地謡がそれぞれ登場し、所定の位置に着きます。
- 名ノリ笛の囃子でワキの旅の僧が登場します。
初瀬 (長谷寺)から都へ向かう途中で宇治の里に着き、名所を眺めることにします。ワキはワキ座に着座します。 - 一声の囃子で前シテの里の女が、棹を手に持って登場します。女は小舟に乗って、憂き身を嘆きつつも、将来の長さを祈っています。
- ワキが前シテに話しかけます。僧がこの地にどんな人が住んでいたのかと尋ねると、女は浮舟の名を口にします。光源氏の物語を聞きたいと僧が言うと、女はためらい、宇治の風景を見渡します。
- 僧に請われ、女は語り始めます。このクセは、座って語る
居グセ なので、前シテは棹を捨てて座ります。浮舟が薫中将と兵部卿の宮 (匂宮)の二人に愛されながら、どちらかを選ぶこともできず、思いつめた末、いなくなってしまったことを語ります。 - 浮舟のことを聞いた僧は、女に住んでいる場所を尋ねます。女は、自分は
小野 の者で、物の怪に取りつかれて悩んでいるので、僧の法力でなんとかしてほしい、あちらで待っていると言い残し、姿を消してしまいます。シテは幕へと中入します。 - アイの所の男が登場し、ワキに浮舟の物語をします。男は、先ほどの女は浮舟の霊だろうから供養するように、と僧にすすめます。
- 僧は小野の里へとやってきました。今夜は野宿し、経を読んで、弔うことにします。
- 一声の囃子で、後シテの浮舟の霊が登場し、舞台に入ります。物狂いと同じように装束の片袖を脱いでいます。死んだ後も生前と変わらずさまよっている自身を憂い、仏法の力でどうにかしてほしいと心情を吐露します。後シテはカケリを舞い、正気でない様子を表します。(今回は小書がつくので、カケリでなく、イロエを舞います。)
- 死後も苦しんでいた浮舟の霊ですが、旅の僧の供養のおかげで執心も晴れ、成仏でき、消えていきました。
横川 には杉に吹く嵐だけが残っているのでした。 - 役者が退場します。シテに続いてワキが幕へと入ります。そのあと囃子方が幕へ、地謡が切戸口へとそれぞれ入ります。
小書解説
【
後シテ登場の段に変化があります。通常は
ここに注目
『源氏物語』を素材とした作品は多くありますが、世阿弥が成立に関与しているものはほとんどありません。この〈浮舟〉は世阿弥の芸談『申楽談儀』に横越元久の作ったものに世阿弥が節付したとあるので、関与が確実ですが、節付のみを手がけて、ストーリーそのものの作成にはかかわっていないようです。
横越元久は世阿弥と同時代の人物で、細川家に仕えていました。能役者ではなかったため、節付を世阿弥が手がけることになったのでしょう。〈浮舟〉のテキストを読むと、『源氏物語』をよく熟知しており、高い教養を持った人物であると推察できます。横越については、歌人としての活動も記録に残っています。
(文・江口文恵)