銕仙会

銕仙会

曲目解説

歌占(うたうら)

◆登場人物

シテ 伊勢の神職 度会(わたらい)
子方 子供  じつは度会某の子・幸菊丸(こうぎくまる)
ツレ 里人

◆場所

加賀国 白山(はくさん)の麓  〈現在の石川県白山市〉

概要

加賀国 白山の麓に住む男(ツレ)は、父を捜す幼子(子方)を連れ、最近評判の占い師(シテ)のもとを訪れる。聞けば、彼はもと伊勢の神官で、かつて故郷を去った神罰により頓死し、三日後に蘇生した経験をもつという。彼はさっそく男と幼子の悩みを占うが、その中で、幼子は既に父と再会しているとの結果が出る。訝りつつも幼子の素性を尋ねる占い師。そうするうち、実はこの占い師こそ、幼子の父であったことが判明する。
この再会も神慮ゆえと、帰郷を決意した占い師。彼はその名残りにと、男の求めに応じ、頓死の折に体験した地獄の様子を舞って見せる。しかしこの舞は、神の憑依を招き寄せる恐ろしい舞であった。舞ううちに狂乱状態となって責め苛まれ、これまでの無沙汰を神に詫びる占い師。やがて正気に戻った彼は、我が子を連れ、故郷へと帰ってゆくのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ツレ・子方が登場します。

加賀国 白山。夏でも深い雪に覆われるこの山は、俗世から隔絶された、霊気をたたえる山岳信仰の聖地である。
その山麓に近頃現れた、一人の占い師。彼は、弓に付けた短冊を人に選ばせ、そこに記された和歌の内容によってその人の悩みを占うという、“歌占”の名手であった。今日も、この里に住む男(ツレ)が幼子(子方)を連れ、その占い師の来るのを待っていた。

2 シテが登場します。

やがてやって来た、例の占い師(シテ)。総白髪の頭に烏帽子をつけ、神職の装束に弓を携えた異様な姿の彼は、和歌の徳を語りつつ、占いを人々に勧めていた。「神の心を体現する、歌の道。そもそも和歌とは、天地開闢の昔に陰陽の二神が始められた、真実の妙文なのです。その和歌を用いて、何でも希望のままに占いましょう。どんなことでも結構です。さあさあ、神の告げを知りたくはありませんか——」。

3 ツレはシテと言葉を交わします。

声をかける男。占い師は、自らを伊勢国からやって来た者と名乗る。聞けば、彼は先日、諸国遍歴の旅の途中で頓死し、その三日後に蘇生したのだという。この総白髪はその時以来のもの。これも何かの神慮かと、彼は今年中に故郷へ帰るつもりだと明かす。

4 ツレが短冊を引き、シテは占いの結果を語ります。

さっそく占ってもらう男。男が手に取った短冊には、世界の中心にそびえるという須弥山(しゅみせん)のさまが詠まれていた。それを見るなり、男の悩み事が父の病気であることを言い当てた占い師。「うむ、それならば語って聞かそう。そもそもこの世界の成り立ちは…」 彼は、滔々と歌の解釈を語り出す。「…というわけだ、父上は助かるだろう」。

5 子方が短冊を引き、占いの中でシテが実の父親だと判明します。

次に幼子が短冊を引くと、そこには鶯と時鳥の歌。生き別れの父を捜しているという幼子の言葉に、占い師は首をかしげる。占いの結果では、もう既に父とは再会しているはず。彼は、この結果に考え込んでしまう。
そのとき聞こえてきた、時鳥の鳴き声。何かに気づいた占い師は、この幼子に出身地や親の名、自身の名前を尋ねてゆく。伊勢国二見浦の度会某の子、幸菊丸と名乗る幼子。占い師はその答えに驚く。実は、他ならぬこの占い師こそ、幼子の父だったのだ。

6 シテは、故郷へ帰る名残りとして、地獄の有様を舞おうと言います。

偶然の再会を果たした父子。これも定めて、神のお引き合わせに相違あるまい。そう考えた占い師は、我が子とともに、すぐにも故郷へ帰ろうと思い立つ。
そんな占い師へ、声をかける男。聞けばこの占い師は、頓死の際に見た地獄の有様を舞に仕立てて舞うのだという。その舞を見たいと願う男。しかしこの舞は、神の憑依を呼び招き、舞う者を狂乱状態にさせる恐ろしい舞であった。占い師は躊躇いつつも、せっかくの機会と、この地獄の舞を舞いはじめた。

7 シテは、地獄の様子を謡い舞います(〔クセ〕)。

——瞬く間に生じては滅し、離合集散を繰り返す無常の世。仏の教えは忘れ去られて冥府に赴く者は多く、露の命に執着して罪作りな日々を過ごすばかりの、めくるめく移りゆく人生。死後に訪れる六道輪廻は、天人の世界すら苦しみある処という。ましてや三悪趣の報い、苦しみのほどはいかばかりか。中でも地獄道といえば、臼で挽かれ、剣で斬り裂かれ、炎に焼かれ氷に閉じられ、煮えたぎる銅汁を呑まされる世界。それは、我ら人間の想像を絶するばかり。そんな世界へと堕ちてゆくのも、全ては自らの業の報いなのだ…。

8 シテは、神の憑依を受けて狂乱し(〔立廻リ〕)、やがて正気に戻ります。(終)

舞を舞ううち、狂乱状態となってゆく占い師。「ああ、おやめ下さい、只今そちらへ戻ります。どうかこの責めを、止めて下さいませ…!」 彼は、神の憑依を受けて責め苛まれる様子。髪は乱れて逆立ち、顔からは汗が噴き出るばかり。伊勢の神風に揉まれる如く震えつつ、彼は謝罪の言葉を繰り返す。
そうする内、正気に戻っていった占い師。こうして、彼は我が子を伴うと、すぐに故郷へ帰ってゆくのだった。

(文:中野顕正  最終更新:2022年05月11日)

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