銕仙会

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曲目解説

善知鳥(うとう)

◆別名

 烏頭(うとう)  ※他流での表記。

◆登場人物

前シテ 老人  じつは猟師の霊
後シテ 猟師の亡霊
ツレ 猟師の妻
子方 猟師の遺児 千代童(ちよどう)
ワキ 旅の僧
アイ 外ノ浜の男

◆場所

【1~2】

 越中国 立山(たてやま)  〈現在の富山県中新川郡立山町〉

【3~10】

 陸奥国 外ノ浜  〈現在の青森県東津軽郡外ヶ浜町付近〉

概要

旅の僧(ワキ)が陸奥国 外ノ浜への途上、立山地獄を訪れると、一人の老人(前シテ)が現れる。老人は、自らを外ノ浜の猟師の亡霊と名乗り、妻子への伝言を僧に頼むと、証拠として衣の片袖を託し、姿を消してしまった。
外ノ浜に到った僧は、猟師の妻子(ツレ・子方)を訪ね、形見の片袖を渡す。猟師の伝言に従い、蓑笠を手向けて彼を供養する一同。するとそこへ、猟師の亡霊(後シテ)が現れた。罪障ゆえに我が子へ触れることの叶わない猟師。彼は悔恨の念を述べて生前の罪を告白するが、そうするうちに殺生の愉悦が心中に蘇り、猟を再現しはじめた。生前の業の報いにより、死後、今度は自分が怪鳥に捕られる側となって苦患を受けていた猟師。そう明かすと、彼は救いを求めつつ、再び消えてゆくのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキが登場します。

ここは、越中国 立山。立ちこめる蒸気、漂う悪臭、噴き出る熱水に満ちたこの山は、古くから地獄と恐れられ、死者の魂の留まる地として信仰された、修行の霊場である。
そんなこの地を訪れた、一人の僧(ワキ)。彼は、日本の東端・外ノ浜へと向かう旅の途上であった。分け入ってゆく僧の眼前に広がるのは、冥界に違わぬ光景の数々。僧は、死後の苦患に思いを馳せ、悪報をもたらす人間の業に涙するのだった。

2 前シテが声を掛けつつ登場し、ワキに形見を託して姿を消します。(中入)

「申し、お坊様…」 修行を終えた僧が下山していると、一人の老人(前シテ)が呼び止めた。昨秋亡くなった外ノ浜の猟師の霊と名乗る、この老人。彼は僧に、未だ世にある妻子への伝言を託す。それは、生前使用していた蓑笠を手向けて欲しいというもの。「私からの伝言だという証拠には、最期まで着ていたこの衣を…」 衣の片袖を破り取り、僧に託す老人。彼は、旅立ってゆく僧を涙ながらに見送りつつ、静かに姿を消すのだった。

3 アイが登場し、ワキを猟師の家に案内します。

外ノ浜に着いた僧。僧は土地の男(アイ)に声をかけ、猟師の家を尋ねる。聞けば、かの猟師は善知鳥という鳥を捕っていた者。この鳥は、砂浜に巣を作って雛を隠し、親鳥が空から「ウトウ」と呼べば雛は「ヤスカタ」と答えるのだという。かの猟師はその習性を使い、親鳥の鳴き真似をしながら雛を探していたのだった。
猟師のことを詳しく教えられた僧は、さっそくその家に向かう。

4 ワキはツレ・子方のもとを訪れ、形見を渡して猟師を供養します。

家の中では、猟師の妻(ツレ)と子(子方)が悲しみの日々を送っていた。「無常の世とはいえ、愛する夫は既に亡く、この子は未だ幼い。心休まる暇もない、今の境遇…」。
僧は、猟師の妻に声をかける。立山での一部始終を話し、例の片袖を渡す僧。妻が亡夫の衣を取り出して引き比べると、それは確かに夫の袖であった。妻子は、夫の言葉の通りに蓑笠を手向け、僧とともに回向をはじめる。

5 後シテが出現します。

するとそこへ、猟師の亡霊(後シテ)が現れた。「私のために手向けて下さった、作善の功徳。冥府を覆う氷も、地獄を焼き尽くす炎も、和らぐ心地が致します。しかしこの身が抱えるのは、重い殺生の罪科。どうか、仏法の日の光によって、わが身に凍り付いたこの罪を、消し去って下さいませ…」 海を背に、松原の中でひっそりと建つこの小家。まばらな軒を洩れる月光が、救いを願う彼の姿を、静かに照らし出していた。

6 後シテは、子方に触れることができず悲嘆します。

再びこの世に現れた、亡夫の影。妻はわが子の手を握りつつ、その姿を見て涙する。そんな二人の様子に、亡者もまた、哀惜の思いを抱くのだった。「思えば私は、どうして雛を捕っていたのだろうか。子を思う親鳥の心は、今の私と変わるまいに…」。
わが子の髪を撫でようとする亡者。しかしそのとき、現れた黒雲が二人の間を隔てる。愛する子に触れられぬのも、全てはこの身の罪障ゆえ。彼は、ただただ泣き伏すのだった。

7 後シテは、自らの罪を吐露します(〔クセ〕)。

——悲しみに満ちた、無常の世。人の身と生まれながらも、身分は賤しく学は浅く、殺生の業を繰り返すだけの日々。夏の暑さも冬の寒さも、現世の苦しみも死後の報いも忘れ果て、楽しみはただ猟ばかりだった。私が獲物とするのは、善知鳥という鳥。平らな砂浜に巣を作り、親鳥は雛を隠して育てる。しかしそんな親の思いも空しく、私がウトウと呼ぶときは、雛はヤスカタと答えてしまう。なんと捕ることの容易い、愉快な猟なのだ…!

8 後シテは、猟の様子を見せます(〔追打ノカケリ〕)。

自らの罪を告白するうち、猟の記憶が蘇ってきた亡者。息を殺して狙い寄る緊張感、獲物にとどめを刺す猟奇的興奮。捕りおおせた時の愉悦や、逃した時の口惜しさ。そんな様々な感情が、彼の心中に湧き起こる。その思いに動かされるように、亡者は今また、猟へと彷徨い出るのだった。

9 後シテは、なおも猟の様子を語ります。

「雛を奪われた親鳥は、空から血の涙を流す。その涙から自らを守るべく、蓑笠を深く着て身を隠す私。しかし、なおも激しく降りそそぐ血の雨は、私の視界を遮るばかり。辺り一面は、真紅の色に染まるのです——」。

10 後シテは死後の苦患を訴え、救済を願いつつ消え失せます。(終)

——死後、地獄に堕ちた私。現世の善知鳥は冥府の怪鳥へと変じ、罪人を狙って飛びまわる。鉄の翼で虚空を翔り、銅の爪で掴むのは罪人の眼。引き裂かれる肉の痛み。しかし泣き叫ぼうにも猛火の煙で声は出ず、逃げようとしても足腰が立たぬ。善知鳥は今や鷹となり、私は雉となって捕られる身。安らぐ隙なき身の苦しみ、どうか助けて下さいませ…。
その声を遺し、亡者は消えていったのだった。

(文:中野顕正  最終更新:2022年04月05日

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