銕仙会

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曲目解説

弱法師 (よろぼし)
 
作者 観世元雅
素材 俊徳丸伝説
季節 春、旧暦二月八日
場所 摂津国(現在の大阪府)天王寺
種類 四番目物
 
登場人物

シテ 俊徳丸 弱法師面・水衣男出立
ワキ 高安通俊 素袍上下出立
アイ 高安通俊の従者 長上下もしくは肩衣半袴出立

 
あらすじ
 高安通俊が天王寺で施行を行っているところに、現れた盲目の僧は、弱法師と呼ばれています。実は、通俊が追い出したわが子、俊徳丸その人でした。
 
舞台の流れ

  1. 幕から囃子方が、切戸口から地謡が登場し、所定の位置に着きます。
  2. 名ノリ笛の囃子で、ワキとアイが登場します。ワキの高安通俊は、天王寺[てんのうじ]で一週間施行[せぎょう]をするので、そのことをふれてまわるよう、アイの従者に命じます。アイは施行が行われることを告げます。
  3. 一声の囃子で、シテが登場します。目が見えないため、杖をついています。盲目の僧が、天王寺に立ち寄ります。
  4. 盲目の僧を見つけた通俊は、弱法師と呼ばれているその僧に声をかけます。季節は二月、梅の花が咲いています。目の見えない僧は、香りをかいで梅の花に思いをはせます。シテは舞台を一周したあと、舞台の真ん中に着座します。
  5. シテは座ったまま、天王寺の由来を語ります。
  6. 通俊は、目の前にいる僧が、わが子俊徳丸であると気づきます。人目があるので、夜になったら連れて帰ることにします。入り日の時刻になり、通俊は知らぬそぶりで、僧に日の入る西の方へ向かって、西方浄土を拝むようにと勧めます。
  7. 僧は、目が見えていたころに見ていた難波の浦の美しい景色を、心の眼に描き出します。ここでイロエを舞います。そして、盲目となって足もとがおぼつかないことで、人に笑われてしまう悲しさにひたり、これからはもう狂うまいと言って、下に座ります。
  8. 俊徳丸と通俊は、名のりあい、親子であると互いに確認します。恥ずかしさのあまり、逃げ出した俊徳丸ですが、父に連れられ、親子一緒に高安の里へと帰っていきました。シテが幕へ入り、ワキが留メ拍子を踏みます。
  9. シテが退場したあと、ワキが幕へ退場します。続いて囃子方が幕へ、地謡が切戸口へと入ります。

 
小書解説

 
ここに注目
 〈弱法師〉は、長い間上演が途絶えていました。江戸時代に復活し、現在に至ります。長い断絶が影響し、能〈弱法師〉は戯曲として、成立当初とはおおきく姿を変えました。世阿弥自筆本の臨模[りんも]本が現存しており、現行にはない登場人物の存在が確認できます。天王寺の住職と、俊徳丸の妻です。俊徳丸伝説のルーツであるクナラ太子説話群の中には、太子に妻子がいる設定の話が見られます。俊徳丸が妻を同行する設定も、おそらくここに源があるのでしょう。現在シテが着用する、専用面の〈弱法師〉面のおもざしからも窺えるように、現行の俊徳丸は幼いイメージです。しかし、古形のように、妻を連れている場合の俊徳丸の年齢設定は、現行よりも少し年長なのかもしれません。
 〈弱法師〉のクリ・サシ・クセは、小書が付くと省略される場合もありますが、実は世阿弥の作曲で、世阿弥伝書『五音』に収められています。このクリ・サシ・クセの詞章は、四天王寺の縁起について書かれています。もとは独立した曲舞謡として、世阿弥が作った天王寺についてのクリ・サシ・クセを、息子の観世元雅が〈弱法師〉に取り入れたと考えられています。
 
 
(文・江口文恵)

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