銕仙会

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曲目解説

吉野静よしのしずか
春爛漫の吉野山。義経たちを逃がそうと、佐藤忠信と静御前はひと芝居を打つ。

 

作者 観阿弥作・井阿弥改作か
場所 大和国 吉野山
季節 春三月
分類 三番目物 現在鬘物

 

登場人物
シテ 静御前 面:小面など 立烏帽子長絹女出立(白拍子の扮装)
ワキ 佐藤忠信 掛素袍大口出立(武士または庶民の扮装)
間狂言 吉野の衆徒(二人) 肩衣括袴出立(活動的な庶民の扮装)

概要

源義経が吉野山から逃れた後、家臣の佐藤忠信(ワキ)は、衆徒の追跡を断念させるため、都の人に変装して吉野山中に入り、頼朝と義経が和解しそうだというデマを流し、義経一行の武勇を吹聴する。次いで静御前(シテ)が現れ、神前に集まる衆徒たちに、義経を敵に回すことの愚かしさを説き、舞を舞う。衆徒たちは静の舞の面白さに興じ、また義経の武勇に怖れて、ついに追跡を諦めるのであった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキが登場します。

春爛漫の吉野山。兄・頼朝に追われた源義経はこの吉野山へと逃れていたが、山の衆徒たちも心変わりをしたので、桜舞い散る哀愁の中、この山を後にしていった。
義経から追っ手を防ぐよう命じられた佐藤忠信(ワキ)は、都からの参詣者に変装し、時間稼ぎのためにひと芝居打とうと待ち伏せている。

2 間狂言が登場し、ワキと対話をします。

そこへ、会合のためにこの山の衆徒たち(間狂言)が集まってきた。その場に進み出た忠信は、都からの参詣者と偽り、頼朝と義経とが和解しそうだとデマを流し、義経一行が一騎当千のつわもの達ばかりであることを述べ、彼らの戦意を喪失させようとする。

3 シテが登場し、〔イロエ〕を舞います。

そのとき神前に進み出たのは静御前(シテ)。かねて忠信の衆徒を騙す計画を聞いていた静は、忠信を見知らぬ人のように接し、彼に所望されるまま、神に捧げる舞をはじめる。

4 シテは義経を討つことの愚かしさを語り聞かせ、舞います。

――正直の者を守護される神様は、義経さまをお守りになるはず。頼朝もやがて考えを改め、この吉野も義経さまの領地となって、その帰依によってたくさんの寄進もありましょう。逆にもし討とうとすれば、屈強のつわものたちを敵にまわすことになりますよ…。

5 シテは〔序之舞〕を舞い、作戦は無事成功して、この能が終わります。
※または〔中之舞〕を舞います。

静は、神前に舞を捧げる。
面白い舞を見、また義経の武勇を聞かされたことで、義経を追い討とうと言う者は今や誰もいなくなった。こうして計画は成功し、静は安心して都へと帰っていったのであった。

みどころ

壇ノ浦の戦いで平家を滅ぼした源義経は、その後、兄・頼朝と対立し、追っ手から逃れて落ちのびてゆきます。この義経一行の逃亡譚を描いた能には〈船弁慶〉〈安宅〉など多くの作品がありますが、本作もその一つで、義経が奈良県の吉野山に逃れたときのお話です。

 

頼朝方から逃れて吉野山に逃げ込んだ義経一行でしたが、しかしこの山の衆徒たちも心変わりをして頼朝に味方するようになってしまったので、義経たちは遠く奥州をめざしてさらに落ちのびてゆきます。そのとき、あとから追ってくる兵たちを撃退する「しんがり」を命じられたのが、佐藤忠信でした。能〈忠信〉ではこの忠信が勇敢に戦いますが、本作では知恵をつかいます。頼朝と義経とが和解し、もう義経を追討する必要はなくなりそうだというデマを流して戦意を喪失させ、また静御前に吉野の勝手明神の神前、衆徒たちの見ている前で舞を舞わせることで、義経たちの逃げる時間を稼ごうとするのです。
昔は本作には前場がついていて、忠信と静御前がこの計画について打ち合わせをするシーンが演じられていました。(今でも流派によってはきちんと前場から演じています。)

 

本作は、衆徒をだまし、脅し、舞いに惹き込んでゆく劇的展開を見せ場とする、現在物の作品となっています。ワキが間狂言を騙すセリフの妙、静御前が〔クセ〕で義経の武勇を讃え、衆徒たちを脅していく凄み、法楽の舞を捧げる劇中劇の面白さなど、さまざまな要素の盛り込まれた、見どころの多い作品です。

 

今回の上演では、本来イロエの入る所から序之舞に入り、二段の途中で橋掛りへと行き、舞を途中で止めて一ノ松でサシとなります。その後のクセは舞台で舞い、クセ留メで再び橋掛りへ行き、序之舞の後半をつなげて舞ったのちワカとなります。また装束も変わり、常の型よりも変化がある演出となります。

(文:中野顕正)

近年の上演記録(写真)

(最終更新:2017年5月)

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