銕仙会

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曲目解説

菊慈童(きくじどう)

◆別名

 枕慈童(まくらじどう)  ※他流での名称。観世流の《枕慈童》は別曲。

◆登場人物

(前シテ) 周の穆王(ぼくおう)の寵童 慈童
シテ  同(不老長寿の身)
ワキ 魏の文帝の勅使
ワキツレ 勅使の従者 【2人】
(ワキツレ) 周の穆王の官人
(ワキツレ) 輿を担ぐ役人 【2人】
※前シテ・ワキツレ(穆王の官人・輿を担ぐ役人)は、現在の演出では登場しません。

◆場所

 唐土 酈縣山(れっけんざん)  〈現在の中国 河南省にあるとされる架空の山〉

概要

〔中国 周の時代。誤って王の枕を跨いだ王の寵童・慈童(前シテ)は、酈縣山へ配流となる。彼が流刑地へ続く唯一の橋を渡り終えるや、非情にも橋を切り落とした警護の官人(ワキツレ)。慈童は、王の形見の枕を抱きつつ、ひとり山中に取り残されるのだった。〕

それから七百年が経った魏の時代。酈縣山麓から霊水が湧き出たとの報せに、勅使(ワキ・ワキツレ)が現地へ派遣される。すると、山中には一軒の庵があり、中には一人の童子(シテ)がいた。彼こそ、かの慈童のなれの果て。実は彼は、形見の枕に添えられた妙文を菊の葉に書きつけ、そこから滴る雫を飲んだことで、不老不死の身となっていたのだ。慈童は〔妙文の功徳を勅使に説いて聞かせると〕、不老長寿の薬の酒を讃えつつ上機嫌で舞い戯れ、妙文を勅使に捧げて帝の安寧を言祝ぐのだった。

 ※現在の観世流の演出では、亀甲括弧〔〕を付した場面は上演されません。

ストーリーと舞台の流れ

(1) 前シテが、ワキツレ(官人・輿舁)に伴われて登場します。

  ※現在の演出では、この場面は上演されません。

中国 周の時代。時の天子・穆王には、寵愛する一人の童子がいた。彼の名は慈童(前シテ)。しかし彼はあるとき誤って王の枕を跨いでしまい、掟によって処罰される身となってしまう。本来死刑に値する重罪。何とか彼を助けたい王だったが、天子といえど法を曲げることは叶わず、せめての事にと、罪一等を減じて流罪としてやったのだった。

官人(ワキツレ)に伴われ、遥かの深山幽谷へと向かう慈童。彼は、王から形見にと渡された枕を抱きしめつつ、孤独と恐怖とを胸に、配流の旅に赴くのだった。

(2) ワキツレ(官人・輿舁)は退場し、前シテはひとりその場に留まります。

  ※現在の演出では、この場面は上演されません。

やって来たのは、西の奥地・酈縣山。橋を越えれば、もう目指す流刑の地である。向こう岸は天子の徳の及ばぬ地。王のもとを離れ、ひとり異界の地に捨てられることに恐れおののく慈童であったが、橋を渡るよう促され、涙ながらに渡ってゆく。

彼が対岸に着いた、その時。官人は無情にも橋を切り落とし、都へと帰って行ってしまった。あとには、嘆き悲しむ慈童の声だけが、山中にこだましていたのだった――。

3 ワキ・ワキツレ(従者)が登場します。

それから七百年の時が流れ、魏の文帝の時代。長きにわたる政治の混乱がようやく収束を迎え、人々が久しぶりの平和を謳歌していたこの治世に、一つの奇瑞が現れた。酈縣山の麓から、霊妙な薬の水が湧き出したというのである。報せを受けた帝はすぐに勅使(ワキ・ワキツレ)を派遣し、その水源を探索させることとした。

4 シテが姿を現わします。

季節は秋。酈縣山をゆく一行の目に飛び込んでくるのは、今を盛りと咲き乱れる菊の花々であった。まるで神仙世界のごとき、不気味なまでの艶やかさを誇る菊の山路。そんな花々に包まれて、ひっそりと建っていた一軒の庵。そしてその中には、空虚な思いにうちしおれつつ泣き濡れた様子の、一人の童子(シテ)の姿があった。「夢もなく、ただただ辛いばかりの日々。ひとり寂しく寝る床の、袖も乾かぬ涙の雨…」。

5 ワキはシテと言葉を交わし、シテは自らの正体を明かします。

深い山の奥、獣の棲む森に暮らす彼。実は彼こそ、かの穆王の寵童・慈童のなれの果てであった。穆王といえば七百年も昔の人物。不審がる勅使に、彼もまた驚く。昨日今日のように思い出しては悲しむうち、いつしか遥かの昔語りとなってしまっていた慈童。彼は、かつて王の形見の枕に添えられた経文を菊の葉に書き付けたところ、そこから滴る露が霊薬となり、こうして不老不死の身を得ていたのだった。証拠の枕を見せる彼。そこには確かに、法華経の妙文が記されていた。

(6) シテは、妙文の由緒を語り舞います(〔クセ〕)。

  ※現在の観世流の演出では、この場面は上演されません。

霊水と変じた、妙法蓮華の功徳。慈童はその法味をたたえ、妙文の由来を語りはじめる。

――穆王の御代。聖代に感応して出現した八匹の天馬に乗って、天空を旅して廻っていた王。そのころ天竺 霊鷲山では、釈尊が法華経を説いていた。王はその説法の座に連なると、国を治める秘密の教えを説いて欲しいと願い出る。そうして授けられた教えこそ、かの枕に添えられた妙文。王の治世を支えるこの妙文の功徳は露と変じ、やがては大河となって流れ下る。それは、万民までもが恩沢にあずかる、国土安穏の文句なのだ…。

7 シテは〔楽〕を舞って霊水の徳を讃え、妙文を授けて去ってゆきます。(終)

穆王より授けられた、神秘の妙文。慈童はその功徳を讃え、優雅に舞を舞いはじめる。菊の葉から滴る芳しい香りの雫こそ、不老不死の薬の酒。慈童はこの霊薬を口にしつつ、ほろ酔い気分で遊び戯れるのだった。

七百年の命を得たのも、この霊水ゆえ。彼は穆王の枕に感謝しつつ、天子の治世の長久を祈る。慈童は、この妙文を勅使に捧げると、もとの仙家へ帰ってゆくのだった――。

(文:中野顕正  最終更新:2019年09月27日)

舞台写真

2011年09月09日 定期公演「菊慈童」シテ:観世淳夫

2016年11月11日 定期公演「菊慈童」シテ:鵜澤光

今後の上演予定

2019年12月21日 青山能MIRAI「菊慈童」シテ:谷本悠太朗

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