銕仙会

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曲目解説

菊慈童きくじどう
王の治世を支える、秘密の教え。その妙文が記された菊の葉からは霊薬の水が滴り、不老長寿の薬となって国土を潤おす。
秘境の奥で明かされる、祝福の物語。
別名 他流では「枕慈童(まくらじどう)」と称す。
観世流の《枕慈童》は本曲の改作。
作者 未詳
場所 中国 酈縣山(れっけんざん) (現在の中国河南省にあるとされる架空の山)
(「酈」は「麗」に「おおざと」)
季節 晩秋
分類 四番目物 唐物
登場人物
(前シテ) 周の穆王の寵童・慈童  
シテ 七百歳となった慈童 面:慈童など 慈童出立(不老不死の身となった童子の扮装)
ワキ 魏の文帝の勅使 唐冠狩衣大口出立(中国の廷臣の扮装)
ワキツレ 勅使の従者(2人) 洞烏帽子狩衣大口出立(廷臣の扮装)
(前ワキツレ) 周の穆王の官人  
(前ワキツレ) 輿舁(2人)  

※括弧()を付した役は通常登場しません。

概要

〔中国 周の時代。時の天子・穆王(ぼくおう)の寵童であった慈童(前シテ)は、誤って王の枕を跨いでしまい、西の奥地・酈縣山(れっけんざん)へ流されることとなった。王から形見にと渡された枕を手に、孤独と恐怖を覚えつつ、僻地へと赴く慈童。やがて、彼が流刑の地へと続く唯一の橋を渡りきると、警護の官人(前ワキツレ)は非情にも橋を切り落とし、慈童は山中にひとり取り残されてしまうのだった。〕

それから七百年の後、魏の文帝の時代。酈縣山の麓から霊水が湧き出たとの報せを受けた帝は、勅使(ワキ・ワキツレ)を派遣する。一向が山中に至ると、そこには一軒の庵があり、中には一人の童子(シテ)がいた。彼は、自分が慈童のなれの果てであることを明かす。形見の枕に添えられた妙文を菊の葉に書きつけていた彼は、その葉から滴る雫を飲んだことで、不老不死の身を得たのであった。彼は妙文の功徳を讃嘆すると、不老長寿の薬の酒を讃えつつ、帝の長寿を言祝いで舞い戯れる。やがて、慈童は妙文を勅使に捧げると、ほろ酔い気分で仙家へ帰ってゆくのだった。

 ※亀甲括弧〔〕を付した場面は通常上演されません。

ストーリーと舞台の流れ

(1) 前シテ・前ワキツレ(官人・輿舁)が登場します。

  ※通常この場面は上演されません。

中国 周の時代。時の天子・穆王(ぼくおう)には、寵愛する一人の童子がいた。彼の名は慈童(前シテ)。しかし彼はあるとき誤って王の枕を跨いでしまい、掟によって罰せられる身となる。本来死刑に値する重罪。王は何とか彼を助けようとするが、天子といえど法をまげることはできず、せめての事にと、罪一等を減じて流罪としてやったのだった。

官人(前ワキツレ)に伴われ、遥かの深山幽谷へと向かう慈童。彼は、王から形見にと渡された枕を抱きしめつつ、心細い配流の旅に赴くのだった。

(2) 前ワキツレ(官人・輿舁)は退場し、前シテは独り嘆きつつ作リ物へ入ります。(中入)

  ※通常この場面は上演されません。

やって来たのは、西の奥地・酈縣山(れっけんざん)。橋を越えれば、もう目指す流刑の地である。向こう岸は天子の徳の及ばぬ地。王のもとを離れ、ひとり異界の地に捨てられることに恐れおののく慈童であったが、橋を渡るよう促され、涙ながらに渡ってゆく。

彼が対岸に着いた、その時。官人は無情にも橋を切り落とし、都へと帰っていってしまった。あとには、嘆き悲しむ慈童の声だけが、山中にこだましていたのだった…。

3 ワキ・ワキツレが登場します。

それから七百年の時が流れ、魏の文帝の治世。この時代、長きにわたる政治の混乱はようやくおさまり、人々は久しぶりの平和を謳歌していた。

そんな治まる御代、ここに不思議な出来事があった。酈縣山の麓から、霊妙な力をもった薬の水が湧き出したというのである。報せを受けた帝はすぐに勅使(ワキ・ワキツレ)を派遣し、その水源を尋ねさせることとした。

4 シテが出現します。

季節は秋。酈縣山の山中には、菊の花が今を盛りと咲き乱れていた。神仙世界のごとき、不気味なまでの鮮やかさを誇る菊の山路。そしてその中には、一件の庵が建っていた。

勅使たちが庵をのぞくと、中には一人の童子(シテ)。空虚な思いにうちしおれ、涙に泣き濡れた様子の、彼の姿なのであった。「夢もなく、ただただ辛いばかりの日々。ひとり寂しく寝る床の、袖も乾かぬ涙の雨…」。

5 ワキはシテと言葉を交わし、シテは自らの正体を明かします。

深い山の奥、獣の棲む森に暮らす彼。実は彼こそ、かの穆王の寵童・慈童のなれの果てであった。穆王といえば七百年も昔の人物。不審がる勅使に、彼もまた驚く。「王のことを昨日今日のように思い出すうち、なんと、遥か昔の事になってしまっていたのか…」。

彼は明かす。実は、王の形見の枕に添えられた経文を菊の葉に書き付けたところ、そこから滴る露が霊薬となり、こうして不老不死の身となっていたのだった。証拠の枕を見せる慈童。そこには確かに、法華経の妙文が記されていた。

(6) シテは、妙文の由緒を語り舞います(〔クセ〕)。

  ※観世流では通常この場面は上演されません。

霊水と変じた、妙法蓮華の功徳。慈童はその法味をたたえ、妙文の由来を語りはじめる。

――穆王の御代。聖代に感応して出現した八匹の天馬に乗って、王は天空を旅する。やがて王が天竺に到ると、ちょうど霊鷲山では、釈尊が法華経を説いていた。説法の座に連なった穆王は、国を治める秘密の教えを説いて欲しいと願い出る。そのとき授けられた教えこそ、かの枕に添えられた妙文。王の治世を支え続けるこの妙文は露と変じ、やがては大河となって流れ下る。万民に至るまでが恩沢にあずかる、国土安穏の言葉なのであった…。

7 シテは〔楽(がく)〕を舞って霊水を讃嘆し、妙文を勅使に授けて去ってゆきます。(終)

穆王より授けられた、神秘の妙文。慈童はその功徳をたたえ、優雅に舞を舞いはじめる。

菊の葉から滴り落ちる、かぐわしい香りの露の雫。それこそは、不老不死の薬の酒。慈童はこの霊薬を口にしては、ほろ酔い気分で遊び戯れるのだった。

七百年の命を得たのも、この霊水のおかげ。彼は穆王の枕に感謝しつつ、天子の治世の長久を祈る。慈童は、長寿の妙文を勅使に捧げると、仙家へ帰ってゆくのだった――。

(文:中野顕正)

過去に掲載された曲目解説「菊慈童」(文・中司由起子)

近年の上演記録(写真)

(最終更新:2018年6月)

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