銕仙会

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曲目解説

清経きよつね

 

作者

世阿弥

場所

京都 平清経の邸宅

季節

晩秋

分類

二番目物 公達物

登場人物

シテ

平清経の幽霊

面:中将など 修羅物出立(平家の公達の扮装)

ツレ

清経の奥方

面:小面など 唐織着流女出立(女性の扮装)

ワキ

清経の遺臣 淡津三郎

掛素袍大口出立(武士の扮装)

 

概要

源平合戦のさなか、都を追われた平家一門が九州へと落ち延びていた頃。行く末を悲観して入水した平清経の遺髪をたずさえ、遺臣の淡津三郎(ワキ)が京へ戻ってきた。都で清経の帰りを待っていた奥方(ツレ)は、夫の入水を告げられ、悲嘆に暮れる。三郎は形見の黒髪を差し出すが、奥方はつらさのあまり、彼に返してしまうのだった。

その夜、清経の霊(シテ)が奥方の夢に現れた。夫を恨む奥方に、清経もまた、せっかくの形見を返してしまった妻へ恨み言を述べ、ひとり死を決意するに至った顛末を語る。神からも見放され、敵に怯える日々を過ごしていた一門。運命を悟った彼は、月の夜、船の上で静かに笛を吹くと、念仏の声とともに身を投げたのであった。清経は、戦で死ねば堕ちていたであろう修羅道の苦しみを語ると、そんな因果応報の世にあって最期に唱えた念仏の功徳により救われる身となったことを明かし、消えてゆくのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキが登場します。

源平合戦のさなか。劣勢に立たされた平家一門は京の都を捨て、遠く九州にまで逃げ延びていた。しかし、その九州での戦にも敗れ、一門の中には将来を悲観する者が増えてゆく。そしてついに、一人の若き公達が、柳ヶ浦で自ら命を断ったのであった…。

自殺したのは平清経。その遺髪をたずさえ、家臣・淡津三郎(ワキ)は、都で待つ清経の奥方のもとへと急ぐ。冷たい涙雨の中、哀しみの記憶を胸に、彼は道中を急ぐのだった。

2 ワキはツレに清経の死を伝え、ツレは悲嘆に暮れます。

奥方(ツレ)のもとを訪れた三郎。面目なさに一度は口籠もってしまう三郎だったが、ついに事情を明かす。悲報を告げられ、嘆く奥方。「せめて戦死や病死なら、まだ諦めもつこうものを。『いつか帰るよ』と言って出ていった、あの約束はどうなったの…」 夫の帰りを待ち続け、人知れず涙の日々を過ごしていた彼女。それも今となっては甲斐なきこと。奥方は人目も憚らず咽び泣き、今生の別れを嘆くのだった。

3 ワキは清経の遺髪を渡しますが、ツレはそれを返してしまいます。

三郎は、首にかけていた守り袋を差し出す。これこそ、亡き清経の形見の髪であった。

黒髪をじっと見つめていた奥方は、やがて口を開く。「これを見ると心は乱れ、あの人への思いは募るばかり。すまないが、これはあなたに返します…」 遺髪を返し、力なく寝室へと入ってゆく奥方。どうか夢になりとも、あの人に一目会いたいもの――。夫との思い出の詰まった枕を濡らしつつ、奥方は寝つかれぬ夜を送るのだった。

4 シテが出現し、ツレと言葉を交わします。

やがて――。夢見心地となった奥方の枕元には、一人の人影が佇んでいた。「迷いの世とて所詮は幻、それなのに今なおこの世に行き帰る、わが心の愚かさよ…。愛しい妻よ、戻ってきたぞ」 それこそ、彼女が慕ってやまなかった、夫・清経の霊(シテ)であった。

再会を喜びつつも、自ら命を絶った夫を恨む奥方。しかし清経も、そんな彼女へ恨み言を述べる。「そなたのことを思い、この世へ遺し置いた私の髪。それを、こうして突き返してしまうとは…」 夫婦は互いに恨みかこち、届かぬ思いを嘆くのだった。

5 シテは、九州へ落ち延びた平家一門の顛末を語りはじめます。

生前の記憶を述べはじめる清経。そんな彼の言葉を遮るように、奥方はなおも恨み言を投げかける。未だ安徳天皇もご健在、一門の果てをも見ぬうちに命を絶つとは…。そう嘆く奥方に、清経は優しく語りかける。「宇佐神宮へ参詣した一門。神前で静かに祈りを捧げていた私たちへ、神殿の奥から託宣の声が響き渡る。しかしそれは、余りにも残酷な言葉。『神ですら、この世の辛さは救えぬもの。いったい何に祈っているのか』 それは、我々を見放す神託だったのだ…」。

6 シテは、入水に至った自らの心の内を語り舞います(〔クセ〕)。

――迫り来る源氏。平家は昔の栄華にひきかえ、今やあてどなく西海を漂い、敵の影に怯える日々。所詮、神託のいう通り、滅びゆく運命からは逃れられぬのだ。覚悟を決めた私は船の上にあがり、波路を照らす月光のもと、静かに笛を吹き、歌を謡う。思えば、この世は旅の半ば。大空をゆく月よ、私も西のかなたへと連れて行っておくれ…。そう心に念じると、私は念仏の声とともに、波の底へと沈んでいったのだった――。

7 シテは修羅道の様子を語り、念仏の力によって救われたことを告げます。(終)

なおも未練の残る奥方に、清経は言う。「嘆くでない、戦で死ねば修羅道に堕ちる。それは、森羅万象の全てが敵意をもって向かってくる世界。それが因果というものなのだ」。

死後の世にまで続く、暴力と憎しみの連鎖。その様子を描き出してみせた清経は、最後に明かす。「しかし私は、最期に唱えた念仏の力によって、救いの舟に乗ることができた。因果を断ち切ることができたのだ…」 そう告げると、彼の姿は消えてゆくのであった。

(文:中野顕正)

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(最終更新:2018年3月)

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