作者 | 未詳 |
場所 | 京都 神泉苑(しんせんえん) (現在の京都市中京区にあった人工の庭園) |
季節 | 晩夏 |
分類 | 四番目物 特殊物 |
シテ | 鷺 | 直面 天仙出立(精霊などの扮装) ※延命冠者の面をかける演出もあります。 |
ツレ | 帝 | 直面 初冠狩衣大口出立(帝王の扮装) |
ワキ | 蔵人(くろうど) | 掛素袍大口出立(従者の扮装) |
ワキツレ | 大臣 | 洞烏帽子狩衣大口出立(貴族の扮装) |
ワキツレ | 従臣 (3人) | 洞烏帽子狩衣大口出立 |
ワキツレ | 輿舁(こしかき) (2人) | 大口モギドウ出立(輿を担ぐ役人の扮装) |
アイ | 官人 | 官人出立(役人の扮装) |
概要
ストーリーと舞台の流れ
1 アイが登場し、場面設定を述べます。
延喜の聖代。仁徳ある帝のもと、日本は平和と繁栄の日々を謳歌していた。万民は豊かに富み栄え、鳥類畜類までもが聖主の恩徳に浴する、泰平の御代であった。
そんなある日。帝は、平安京の内につくられた庭園“神泉苑”に出御されることとなった。宮廷に仕える官人(アイ)たちはすみずみにまで心を配り、この晴れの行幸に備えていた。
2 ツレ・ワキ・ワキツレ(大臣)・ワキツレ(従臣)・ワキツレ(輿舁)が登場します。
いよいよ、出御の時刻。輿に乗る帝(ツレ)のもとには、大臣(ワキツレ)を筆頭に、月卿雲客たち(ワキツレ)が付き従う。都の輝きにも劣らぬ、行幸の盛儀である。
豊かに治まるこの御代には、春の花見に秋の紅葉狩り、冬は雪見の行幸の数々。そんな四季折々の美景を味わい尽くした宮廷人たちは、こんどは夏の納涼の宴のため、こうして神泉苑へとやって来たのであった。
3 神泉苑の情景が謡われるなか、シテが登場します。
都の内に造られた人工の神仙世界・神泉苑。池の水面は木々の緑を映し出し、ゆったりとした時間が流れゆく。汀にたたずむ白鷺(シテ)は、まるで別世界の姿を見せるよう。松の古木が閑雅なたたずまいを見せる、庭園のありさまである。
池に浮かべた舟の上では詩歌に興じ、管絃の響きは爽やかな空に澄みのぼる。まことに長閑な、王朝人の御遊のひととき。
4 ワキは勅命を受け、シテを捕らえます。
池を眺めていた帝は、そのとき大臣を呼び出した。「あのほとりに佇む鷺が美しい。あれを捕って参れ」。大臣は仰せを承り、随行していた蔵人(ワキ)へその旨を告げる。困惑する蔵人であったが、覚悟を決めて近づいてゆく。
人の気配を察知し、飛び立つ鷺。しかし蔵人に「勅諚」と呼びかけられるや否や、なんと鷺は再び地に降り立ち、翼を重ねて畏まるのだった。
5 鷺と蔵人が五位に叙されたことが謡われます。
天翔る鷺すら帰順させる、帝の威光。鳥獣とて王土に棲んでその恩沢にあずかる身、ひとたび勅命を受けては羽を垂れて平伏する…。それは、治まる御代の奇瑞であった。
この吉瑞に喜んだ帝は、蔵人と鷺を召し出すと、ともに五位の爵を与え、貴族の位に列してやるのだった。
6 シテは舞を舞い(〔乱〕)、やがて飛び去ってゆきます。(終)
鳥獣の身でありながら、五位の爵を賜わった鷺。鷺はこの君恩に感謝し、治まる御代を讃えて喜びの舞を舞いはじめる。
これというのも、帝の威徳のなせるわざ。鷺の舞に感じ入った帝は、かの鷺を放すよう命じる。こうして再び解き放たれた鷺は、心嬉しく舞い立つと、空のかなたへ飛び去ってゆくのだった――。
みどころ
(文:中野顕正)
過去に掲載された曲目解説「鷺」(文・中司由起子)