銕仙会

銕仙会

曲目解説

猩々しょうじょう

秋風が肌寒く、熱燗の恋しくなる季節。水中から出現した酒好きの妖精・猩々は、気のおもむくままに舞い戯れる。

作者

不詳

場所

中国 潯陽の江のほとり  (現在の中華人民共和国 江西省)

季節

晩秋

分類

五番目物 祝言物

登場人物

シテ

酒好きの妖精 猩々

面:猩々 猩々出立(猩々の扮装)

ワキ

楊子の里の酒売り 高風こうふう

側次大口出立(中国人の扮装)

概要

中国 楊子の里に住む酒売り・高風(ワキ)のもとに通っていた不思議な客は、水中に棲む酒好きの妖精・猩々であった。高風が猩々との約束に従って、酒を湛えて川のほとりで待っていると、水中から猩々の精(シテ)が現れ、酒に酔って浮かれつつ無邪気に舞い戯れる。猩々は、汲めども尽きぬ酒の壺を高風に与え、尽きせぬ世を祝福するのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキが登場し、自己紹介をします。

中国 楊子の里。この里に住む民・高風こうふう(ワキ)は、夢のお告げに従って酒売りをはじめ、富貴の身となった。彼の店にはいつも不思議な客がやって来るので、尋ねてみると水中に棲む妖精・猩々であるという。彼はその猩々との約束に従い、酒を湛えて潯陽しんようの川のほとりで待っている。

盃に月影宿る、秋の夜長――。

2 シテが出現し、〔中之舞ちゅうのまい〕を舞います。
※演目名が《猩々乱》あるいは《乱》となっている時は、〔みだれ〕を舞います。

秋風が肌寒く、温め酒の恋しくなる季節。夜も更け、空には月や星が輝いている。のんびりした雰囲気のなか、猩々の精(シテ)が現れた。

葦の葉擦れは笛の音、打ち寄せる波は太鼓の音。ほろ酔い機嫌の猩々は、興に乗って水上をすべり、波を蹴立てて舞い戯れる。

3 シテはほろ酔いで舞い戯れる様を見せ、この能が終わります。

猩々は、高風の心の素直さを褒め、汲めども尽きぬ酒壺を与える。猩々は酒のめでたさを讃えて舞い戯れていたが、足どりもよろよろとして、酔いのあまり眠ってしまう。

そんな猩々の姿を見たかと思ううち、高風の夢は覚めた。あとには、尽きぬ酒の泉が残っているのだった…。

小書・特殊演出解説

みだれ

上記「2」の場面で、通常ならば〔中之舞〕を舞うところを、〔乱〕を舞う演出です。

〔乱〕とは、囃子が特殊な演奏をし、テンポが不規則に変化する、緩急のついた舞です。猩々が酒に酔ってフワフワと舞い戯れるさまを強調する演出で、水上をすべる「流レ足」、波を蹴立てる「乱レ足」、酒壺の中を覗き込むような「きょく」などの型が加わり、ほろ酔い機嫌で無邪気に舞い遊ぶ姿が表現されます。

なお、この演出になった場合、通常の小書のように演目名の下に小さく書き込まれるのではなく、演目名じたいが《猩々乱》または《乱》と表記され、それ自体が独立した演目のように扱われます。また、この《猩々乱》に対して、さらに以下のような小書がつくこともあります。

双之舞そうのまい

《猩々乱》(《乱》)の小書のひとつで、二匹の猩々(シテ・ツレ)が出現して舞い戯れます。猩々が気ままに遊び戯れるさまを、より一層印象づける演出となっています。

置壺おきつぼ

《猩々乱》(《乱》)の小書のひとつで、二匹の猩々(シテ・ツレ)が出現するほか、舞台正面に大きな酒壺の作リ物が出され、壺から柄杓で酒を汲み、壺中の月を見るなどの型が演じられます。秋の夜、月影の宿る酒壺の情趣を強調する演出です。

最近では、2014年1月の銕仙会定期公演で上演されました。

みどころ

“猩々”は、現在ではオランウータンの和名ともなっていますが、本作に登場する猩々は空想上の動物で、酒好きの妖精という設定になっています。酒に酔って気分の良くなった姿を表すためか、本作専用の能面である「猩々」の面は童子の肌を赤くしたような意匠であり、その外、赤頭あかがしら・赤地唐織・緋大口(《猩々乱》のときは赤地半切)と、装束も赤一色で統一されています。

通常は鬼の役に用いられる赤頭を、鬼以外の役に用いる演目には、本作および《石橋》があります。《石橋》が文殊菩薩の使いである獅子の舞を見せるのに対し、本作では妖精・猩々の舞を見せる趣向となっており、ともに神秘的な動物の姿を表現するものとして用いられています。

本作は、通常演出では〔中之舞〕を舞うことになっているのですが、むしろ〔乱〕を舞う《猩々乱》(《乱》)の形で上演されることが多く、《猩々》といえば〔乱〕、という印象すら持たれているほどです。「乱」という名の舞事は、真っ赤に酔った妖精・猩々の舞として舞われる本作のほか、純白の鷺が気ままに舞い戯れる能《鷺》の中にもあり、ちょうど紅白一対の形で、動物が気ままに遊び戯れる趣向の舞として用いられ、能の演技の中で大切にされています。(但し、《猩々乱》と《鷺》とでは、舞の内容じたいは別のものとなっています。)

この《猩々乱》は、体の柔軟な使い方が難しいとされ、力みなぎらせて舞う《石橋》や神経を研ぎ澄ませて舞う《道成寺》とともに、若手能楽師の通過儀礼として上演されることもあります。その意味でも、本作は能の世界において大切にされている演目となっています。

近年の上演記録(写真)

(最終更新:2017年5月)

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