銕仙会

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曲目解説

定家ていか
  

作者

金春禅竹

場所

京都 千本の辺り  (現在の京都市上京区今出川通千本付近)

季節

初冬 旧暦10月10日頃

分類

三番目物 本鬘物
「三夫人」の一つ(他に《大原御幸》《楊貴妃》)

 

登場人物

前シテ

女  じつは式子(しょくし)内親王の霊

面:増・若女など 唐織着流女出立(女性の扮装)

後シテ

式子内親王の幽霊

面:泥眼・痩女など 長絹大口痩女出立(舞を舞う憔悴した女の扮装)

ワキ

旅の僧

大口僧出立(やや格式ある僧の扮装)

ワキツレ

随行の僧(2人)

大口僧出立

アイ

土地の男

長裃出立(庶民の扮装)

 

概要

京を訪れた旅の僧(ワキ・ワキツレ)が、にわか雨を避けるべく近くの東屋に向かうと、そこへ一人の女(前シテ)が現れ、この地はかつて藤原定家が雨の風情を眺めるために建てた“時雨亭”であると教える。やがて一行を式子内親王の墓に案内した女は、石塔を覆っている葛こそ定家の執心が変じた“定家葛”だと告げる。かつて内親王と定家とは恋仲であったが、世間に浮名が立ったため逢うことが叶わず、そうする内に亡くなった内親王を定家が恋い慕ったために、こうして今なお纏わりついているのだった。女は、自分こそ内親王の霊だと明かすと、束縛の苦しみからの救済を願いつつ、姿を消してしまう。

僧が弔っていると、塔の内に憔悴した式子内親王の霊(後シテ)が現れた。僧は法華経の功徳によって葛をほどいてやり、彼女はついに抜け出すことが叶う。感謝の舞を舞う内親王であったが、彼女はあらわになった自らの衰えを恥じると、むしろ人知れず定家と二人で愛欲の苦海に生き続けることを選び、最後には自ら石塔へと戻ってゆくのだった。

ストーリーと舞台の流れ

1 ワキ・ワキツレが登場します。

初冬の京。北の山から流れてくる雲が、冷たい雨をもたらす頃。辺りの山々は冬枯れの姿を見せ、まばらに残る紅葉の色が秋の名残りを留める、そんなある日のこと。

その都へとやって来た、僧の一行(ワキ・ワキツレ)。京の風情を一見すべくやって来た彼らは、折しも千本の辺りへさしかかったところ。そのとき一行の身に、寂しげな時雨が降り出した。彼らは、近くにあった一軒の東屋に、暫し身を寄せることとした。

 

2 前シテが声を掛けつつ登場し、この地の由緒をワキに語ります。

そのとき、背後から一行に呼びかける声がした。声の主は一人の女(前シテ)。聞けば、この東屋は昔の歌人・藤原定家の建てたという“時雨亭”。定家は、都の内ながら寂しげな雨の風情を見せるこの地を愛し、時雨の折々にはこの亭内で詠歌に耽っていたのだという。「『時を違えず降る時雨は、誰の思いが通じたのだろうか』と詠み遺した定家さま。そんなこの時雨亭の地で、彼の亡き跡を弔って下さいませ…」 時は流れ、次第に荒れゆく庭の面。寂しげな時雨の風情の中で語られる、遠い昔の物語なのであった。

 

3 前シテはワキを式子内親王の墓へ案内します。

女は、ある人の墓へと一行を案内する。それは、蔦葛にびっしりと覆われた、一つの石塔。「これは式子内親王の御墓、またこの葛は“定家葛”。はじめ神に仕えていた内親王は、その任を終えた後、密かに通って来た定家の愛を受け入れました。しかし程なく彼女は亡くなり、定家の執心は葛と変じてその墓に纏わりつきます。妄執の姿と化した定家と、それに縛られ続ける内親王。二人は今なお、互いに愛欲の苦しみを受けあっているのです…」。

 

4 前シテは、式子内親王と藤原定家の故事を語ります(〔クセ〕)。

「忘れもしない、あの日の記憶。忍ぶ想いは世に洩れ、愛しあいながら逢えぬ仲となった二人。そのとき、真の恋の苦しみを、はじめて知ったのです…」 内親王の心中を語る女。

――恋の思いを抑え得ず、二人の仲は世に洩れ聞こえることに。白日の下にさらけ出され、二人を結ぶ恋の道も絶え果てた。そんな苦しい思いの果て、定家の執心は葛となり、この御墓に纏わり続けて幾星霜。消えてはまた湧き返る、この妄執を晴らして下さいませ…。

 

5 前シテは自らの正体を明かして姿を消します。(中入)

昔物語を明かしつつ、身の上の苦しみのように訴える女。不審がる僧に、彼女は告げる。「朽ち果てた身には、名を残しても詮なきこと。しかしこうなった以上、わが名を明かすことと致しましょう。私こそ、式子内親王の幽霊。どうか、この苦しみを救って下さいませ…」 蔦葛に絡め取られ、吸い寄せられるように石塔へと引き込まれてゆく女。彼女は、助けを求める声を遺し、姿を消してしまうのだった。

 

6 アイが登場し、ワキに物語りをします。

そこへやって来た、この土地の男(アイ)。僧は彼を呼びとめ、式子内親王と藤原定家の故事を尋ねる。男から一部始終を聞かされた僧は、死後の今なお苦しみつづける内親王の霊に思いをはせ、彼女を救ってやろうと心に決めるのだった。

 

7 ワキが弔っていると、後シテが出現します。

その夜。冷たい月の光に照らされた庭の枯草の傍らで、僧は石塔へと経を手向けはじめる。

やがて――。塔の中から、女の声が聞こえてきた。「閉じ込められた闇にさしてきた、一条の月光…。儚くも崩れ去っていった愛に、私の妄執は雲雨と変じてこの世に降り続け、愛欲の雨に潤おう定家葛はますます私を束縛する。夢も現も、全てが消え果てたこの世界で、今なお葛の縛めの内に形を残す、これが私の姿なのです」 墓の内に現れた人影。これこそ、愛欲の牢の中で衰え果てた、式子内親王の幽霊(後シテ)なのであった。

 

8 ワキの弔いを受けた後シテは墓から抜け出し、〔序之舞〕を舞いはじめます。

彼女の姿に心を痛め、重ねて経を手向ける僧。読誦するのは法華経。“仏の教えは雨となって等しく降りそそぎ、茂り乱れる草木たちすらも潤おしてゆくのだ”――その教えが、抜け出そうとする気力さえ枯れてしまった内親王を、そして定家の妄執の葛をも、法味によって満たしてゆく。次第に緩み、ほどけてゆく定家葛。こうして石塔から抜け出すことの叶った内親王は、僧に感謝のため、在りし日の舞い姿を再現して見せるのだった。

 

9 後シテは、再び墓の内へと埋もれてゆきます。(終)

舞を舞う内親王。しかしそれは、過去の栄光からは変わり果てた姿だった。翳りを帯びた顔ばせ、萎れかけた眉。そんな姿を恥じた内親王は、夜の暗がりに消えてゆく。帰ってゆく先は、彼女が長い歳月を過ごしてきた、この石塔のうち。ひとり醜悪な姿で人々の前にさらけ出されるよりは、この秘せられた常闇で、定家と二人、永遠の愛の苦しみに生き続けたい――。そんな彼女の身には定家葛が纏わりつき、蔦はやがて墓を覆い尽くしてゆく。

あとには、もとの葛に覆われた石塔だけが、そこには残っていたのだった。

(文:中野顕正)

(最終更新:2018年5月)

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