銕仙会

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能の歴史

5 近現代

江戸時代に式楽として庇護を受けていた能は、明治維新でその庇護者を失うと、他の多くの伝統芸能同様、苦境に立たされ、廃業する能楽師や断絶した流派も多く現れました。そのような中で、実力で生き延びていかなければならないという時代的背景のもと、厳しい稽古を積んで高い芸位に達した「明治の三名人(梅若実・宝生九郎・櫻間伴馬)」と呼ばれる能楽師たちが登場し、能の芸質という意味ではむしろ高まったといえましょう。その次の世代の「昭和の名人」の時代を含め、幅広い観客層や素人弟子の愛好者の増加など、ある意味では能の黄金期であったと言えるのかもしれません。
二十世紀初頭になると、能はヨーロッパにも紹介され、西欧の演劇人たちの関心をひくようになります。アイルランドの詩人・劇作家のW.B.イェイツは能に影響を受け、舞踊詩劇「鷹の井戸」を作りました。また、これをもとに作られた新作能が〈鷹姫〉(横道萬里雄作、観世寿夫作曲・作舞)で、昭和42年に銕仙会定期公演にて初演、その後、銕仙会を中心に度々上演されていくことになります。クラッシック音楽界でも、イギリスのベンジャミン・ブリテンは能の「隅田川」に触発されオペラ「カーリュー・リバー」を作曲するなど、能は世界へ影響を与えています。近年(平成13年5月)、「能楽」は、ユネスコの第1回「人類の口承及び無形遺産の傑作に関する宣言」として宣言されました。
戦後になると、進歩的な思潮の中で、観世銕之丞家の嫡子であった観世寿夫かんぜひさおはフランスの演劇理論も学び、横道萬里雄・表章ら研究者達の研究成果を元に世阿弥の演劇論に立った能の再解釈・演劇的な見直しをおこない、能はシテだけで舞うのではなく地謡や三役も含めた役者全員による総合芸術であるとの見地から地謡にも力を入れ、確固たる伝統の技に裏打ちされた説得力のある舞台を見せてくれましたが、ひとつのドラマとして能の演目をとらえる潮流をつくりだし、現在の能楽界につながっています。

 


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